私が「事務局力」について書いてみたかった最大の理由は、「誰もが社会を変えるキーパーソンになり得る」ということを伝えたいと思ったからだ。
事務局力は、仕事ができる人になるためのハウツーではなく、あなたの気づきや小さな一歩を大きな変化につなげるための作法だ。
日本のサラリーマンは、与えられた仕事を懸命にこなし、自発的に改善活動にも勤しむ。だが、社会が大きな変化を起こしているときに、なぜかまったく気づかない人が多い。新聞に書いてある、雑誌でもテレビでも、問題だ、問題だと連呼されていて、目には入っていることでも、会社に行ってデスクに座ると、いつもの日常がそこにはある。ニュースもドラマも一緒だ、自分には関係ない。自分には、与えられた役割、仕事がある。
そんな人がいっぱいいて、この社会はハッピーなのだろうか?そういう人生が好きな人なら、それでもいい。だけど、自分が会社を変えるんだ、社会を変えるんだ、少しでも役立ちたいんだ、と目を輝かせる表情を誰もが持っているに違いない。
こういう気持ちを発露させる場が、日本の企業の中にはあまりに不足している。まじめにパソコンに向かって残業しているのがいいことだ、できもしない夢なんか持つな、という暗黙のメッセージが会社の中にはあまりに多すぎる。これは、私自身のコンサルティング経験からくる実感だ。未だに、多くの企業では、「何がしたいか」という質問は、「どこの部門のどの役割につきたいか」を意味する。だが、それだけでは会社はつぶれてしまうよ。企業は、社員がアイデアを出し、人やお金を投入して新しい価値を生み出し、それが社会に広がっていくことで、持続的に事業活動を続けている場だ。きわめてダイナミックな主体なのだ。サラリーマンは、もう求められていないんだ。
求む、発想の転換。会社は、自分のやりたいことを実現するための場だ。「誰もが自分のやりたいことをやったら、会社はばらばらになってしまうのでは?」なんて質問が聞こえてきそうだ。だから、事務局力が必要なのだ。自分がやりたいことをチームがやりたいことにする、それを部門がやりたいことにする、そして会社がやりたいことにする。同時に、会社がやりたいこと、部門がやりたいこと、チームがやりたいことから、自分がやりたいことは影響を受けるだろう。事務局力の実践は、つねにオープンなマインドで、周囲に働きかけ、協力関係をつくりながら、自己実現=社会実現を探求し続ける、そういう生き方(being)にほかならない。
それは、すごく美しい生き方だと思う。
社会を変える。そんなことを真剣に考えて生きている人は、どのくらいいるだろうか?
社会起業家をめざす若者が増えている。いや、若者だけではない。大企業で働く人の中にも、環境問題、格差問題、途上国の支援、ダイバーシティ、ワークライフバランスなどに興味を持ち、それを仕事の中で追求していきたい、という人は急激に増えている。
考えているだけでは、もったいない。あきらめてしまうのは、もったいない。定年退職したらNPOでボランティアでもしようか、と思っている人も多い。だが、これももったいない。なぜなら、大企業の社員だからこそできる、大きな「社会を変える力」を活用しないことになるからだ。
さあ、事務局力の応用問題だ。社会変革の事務局になるとは、どんなことだろうか。その第一歩は、志をともにする人のネットワークを作ることだ。難しいことではない。
ネットで興味のありそうな勉強会、研修、NPOの集まりなどを見つけ、積極的に顔を出すところから始めればいい。そして参加したら、青臭くてもいい、荒削りでもいい、社会に対する自分の思いを伝え、共感してくれる人を探そう。少しでも意気投合したら、ケアメールだ。その日の晩には、メールを出しまくれ!
次に、社内での動きだ。会社に立派なCSR部があるようなら、そこに行って話を聞こう。どんなことが自社の社会ミッションなのか、どんなことが今の関心事なのか、どんな活動であれば会社として支援してくれるのか。まともなCSR部員ならば、社会的活動に関心をもった社員をないがしろにしないので、安心して絡みついてくるといい。CSR部がなければ、広報だ。とにかく自社のレピュテーション(評判)を気にしているところに、アクセスすべきだ。
次のステップは、社外のネットワークと社内のネットワークをつないだところに、自分のバーチャルな事務局を開くことだ。まずは、社外で知り合いになった人たちをメールのリストに入れて、「私の会社のCSR部とディスカッションをして、そのあと飲みませんか?」といった誘いをする。乗ってくる人が10人くらいいれば、CSR部の人と相談して場を持とう。CSR部がない場合は、違う手を考えないとね。
このディスカッションの場を持つ上で、社内外にケアメールをしっかり打つこと、一同に集まった人たちが心地よい時間を過ごせるようにアガペーモードで迎えること、そしてよい対話が行われるよう、事務局力をすべて投入してほしい。うまくいくも、いかないも、すべてはあなたの事務局力次第だから。
うまくいくかどうかはわからない。だけど、退職するまで待つ必要がないことは、わかっていただけただろう。事務局力発想でいくと、フリーな身よりも、ネットワークの多い立場にいる方が、何をするにも有利だ。大企業に勤める社内社会起業家よ、テイクアクション!
あなたがグループリーダー、プロジェクトリーダーなど、何か「リーダー」という名前のつくポジションについたとき、一番プレッシャーを感じるのが、チームの目標設定だろう。
通常のマネジメントでは、目標を達成するための要素を分解し、それらをメンバーで分担してやっつけていこうとする。このようなやり方は、目標が決まり切ったものだと、特に違和感はない。たとえば、モノが目の前にあって、それを全部やっつけなきゃいけないとか。だが、我々の仕事で、そんな単純なものはほとんどない。目標自体をいかに定義するかが、仕事の質の最大の要素になってきていることは、疑いの余地がない。
実は、その目標を「何に」ではなく、「どのように」決めるかで、チームを最高にご機嫌なものにすることができる。それが、リーダーの事務局力だ。
1) メンバー一人ひとりのやりたいことを突き詰める。そのとき、「チームはこうすべき」という意見には、「それはあなたのやりたいことなの?」と粘り強く問いかけなければならない。この対話をチームメンバー全員のいるところで、全員分やるのが理想だ。結果は明文化しなくてもよい。なぜなら、すでにメンバー相互の理解が深まっているからだ。(これはまさに、事務局力のケア+アガペモードの実践である)
2) 次に、メンバーのやりたいことをベースに、今年のチームとしての活動項目を描いていく。ここはアイデアベースでかまわない。注意すべき天は、「目標達成のためには・・・」という帰納的発想をしないこと、「昨年もこうだったから・・・」という前年踏襲も御法度だ。(もちろん、ここは鍋奉行ホワイトボード+付箋ワークショップを使ってファシリテーションするのが、リーダーの役割だ)
3) そして最後に、やりたいことベースで作った活動項目を組み合わせて、やらねばならないチーム目標をいかにクリアするか、という戦略を立てる。ここがもっともリーダーとしての創造性を発揮すべき瞬間だ。「何だ、やるべきことって、やりたいことをやり抜けば、楽々クリアできるじゃないか」、という気持ちになれるかどうか、ここでのマジックにかかっている。(ここが内職プレゼンテーションの能力を発揮する瞬間であることは、言うまでもない)
ここまでのアウトプットは、「やりたいことベースで目標ができあがった」ということである。
4) このあとは、ここで立てた目標をいかに各メンバーが自主的/自律的に実行していけるかが焦点だ。事務局力の「あこがれベンチマーキング」を使って、トータルにうまくいっている企業から、具体的なモデルを学ぶことが一つ。そして「あとづけバイオグラフィー」を使って、うまくいった主体的活動を大きく取りあげることにより、よい活動とは何か、ということを具体的に示すこと、それが重要である。
リーダーの仕事は、目標を示し、メンバーを引っ張ることだ、と思いこんでいないだろうか。メンバー全員が、やりたいことを目標にすることができるよう、ファシリテーションするのが、リーダーの事務局力だ。これを忘れてはならない。
「組織横断の課題を解決せよ」。役員や部長にこう言われたとき、あなたは燃えるだろうか?それとも参ったな、と思うだろうか。私なら、参ったなと思う。なぜなら、たいていの組織横断の課題解決は、失敗に終わるからだ。
失敗する理由は、数え切れない。慧眼のあなたならば、真っ先に気づくだろうが、そもそも組織横断の課題を解決するのは役員や部長の仕事であり、それを丸投げされた時点で、かなりやばい。リスクをとりたくないヒラメ社員であれば、部長の顔が立つ程度の、いわゆる落としどころを決め、各部門に根回しを行う。本質的な課題解決など、関係ない!という態度だ。こういうヒラメ社員が失敗せずに出世するなら、会社がだめになるはずだ。
さて、組織横断課題は本当に解決不能なのだろうか?実は、コンサルタントをしていると、こういった課題が舞い込んでくることが多い。組織横断課題を抱えた担当者、あるいはタスクフォースの(狭義の)事務局の人たちが、藁をもつかむ気持ちでやってくる。業種・職種が違っても、持ち込まれる課題の本質は驚くほど近い。組織の部分最適目標と、全体最適の目標の間のジレンマなのだ。
こういった課題でコンサルタントが腕をふるうところは、いたって単純だ。まずは論理的に部分最適と全体最適のトレードオフを明確にする。それをチャートやグラフで可視化するなどして、誰もがわかる形で論点をはっきりさせるのだ。少しだけ知恵が必要だが、難しくはない。もう一つは感情的に、部門を超えてワンチームの気持ちになれるようにする。いわゆるファシリテーションの技術で、A部門の人が、B部門の人の立場で考えるような演出をするのだ。あとは、メンバーが自分たちで答えを出していく。もともと問題解決能力は高い人たちが集まっているので、ボトルネックを取り去ってやれば、ゆうゆうと突破していくのだ。
このようなコンサルタントの技術に、事務局力のヒントがあふれている。しかし、客観的立場になれる社外のコンサルタントのやり方と、部分最適の一部でもある社内の事務局のとるべきアプローチは同じではない。社内の事務局の人がファシリテーションをする場合、参加者の意識を変えさせることは容易ではない。言わずもがな、最大の成功のポイントは、部分最適の組織代表という気持ちを忘れさせて、全体の利益に没頭させることだ。
そのためには、非日常体験が何より必要なのである。社外のプロのファシリテータが入ることも、ある意味で非日常体験の一つだ。オフサイトで議論する、一緒に遊んだりお酒を飲んだりもする合宿などもその一つだろう。もっと継続的に非日常体験を味わうのであれば、Xデイを設定し、その日までにアウトプットを出さないと人類が滅亡する、というようなクライシスの演出もオプションの一つだ。問題は、嘘をつき続けなければいけないところだ。より現実的な方法は、「祭り」の演出だろう。クライシスと逆の、ポジティブなパワーを引き出す非日常体験だ。
では、事務局力をどのように発揮すれば、「組織横断課題」という誰もが避けたい問題を「祭り」というイベントに転換していくことができるのだろうか。祭りの情熱を引き出すためのキーワードは、「サプライズ」だ。それは、場、プロセス、人のそれぞれの要素に盛り込んでいくことができる。
1. 象徴的なイベント
課題解決の提言をする日を「祭り」の当日に設定する。そのためには、提言の場を楽しく、エキサイティングなものに演出する必要がある。ここで発揮すべき事務局力は、役員を動かすことだ。丸投げ役員をうまく操ろう。
まず役員のところにタスクフォースの計画を提案に行く。丸投げ役員は、相談されるのは好きだ。遠慮なく、プランを持って行こう。この計画プロセスにうまく巻き込んであげれば、役員は「自分のプラン」だという気になってくれて、支援をしようという気になる。そして誘惑をする。「最終報告の場は、社長に対してタスクメンバーが想いをぶつける場にしたいんです。組織を超えてワンファームとして動いていくことをメンバーが熱く語り、それを役員が後押しするという場の演出をさせてください」、と。この台詞をまじめに言っていたらヒラメ社員だが、あくまでこれは、役員に場をセットさせる手練手管だ。そこを切り分けて、ロビイストになりきることも、事務局力の重要なスキルだ。
あとは象徴的なイベントをデザインし、役員を社長へのメッセンジャーとして操れば、まずエキサイティングな場のセットだけはできる。そして、この象徴的なイベントをポジティブな気持ちで受け入れられるよう、メンバーにうまく伝える。「祭りだ。楽しもうぜ」、と。
2. 異なるプロセス
次に、タスクフォースの進め方を変えよう。従来のやり方は、目標を共有し、現状分析して、課題を洗い出す。そしてWhyを重ねて真因を発見する。それに対して多角的な視点から施策を検討する。いわゆる問題解決のアプローチだ。はっきり言って、つまらない。わざわざ組織を超えて有能な人が集まっているのに、こんなつまらないやり方をしているから、タスクは盛り上がらない。コミットメントも生まれない。
さあ、事務局力の出番だ。発想を転換させよう。まず宣言しよう、「目標なんて、どうだっていいんです」、と。どうせ丸投げ役員の、いい加減な依頼なのだから。「この場を利用して、参加した皆さんの問題意識を共有し、会社をいい方向に持って行きましょう」、と言えば、参加したメンバーは「お、これはおもしろいかも」と思うに違いない。
祭り的プロセスは、まず参加メンバー各々の想いや問題意識を共有するところから始める。最終的なゴールは、各人の問題意識を最後に社長にぶつけ、会社を変えることだ。丸投げ役員の仕事を肩代わりすることではない。いきおい、タスクフォースの活動は、各人の問題意識の整理と定量化、解決方法の検討になる。自分の問題意識をすばらしいメンバーとの共同作業で社長にぶつけていくわけだから、エキサイティングに決まっている。
一言付け加えておくと、このタスクフォースのアウトプットが、丸投げ役員を喜ばす結果になることは疑う余地がない。このように、両者にとってベストの解を出させる演出が、事務局力の真骨頂だ。
3. 違うヒロイン/ヒーロー
最後に、祭りは誰もが主役である。だからこそ、いつもは日の当たりにくい人に、あえて象徴的にスポットライトが当たるようにする。いつもと違うヒロイン/ヒーローを生み出す演出をするのだ。たとえば、総務部が改革の旗手になる、女性チームが新商品を企画する、若手チームが長期戦略を立案する、研究開発者がコールセンターの電話をとる、等々。つまりその会社にとって、意外性のある物語を描くのだ。意外性のある物語は、誰もが他人に語りたくなる。そして「神話」のように、この活動に対して、祭りとしての象徴性を高めてくれる。
ここで示した事務局力は、全社的視点に立った、高度なものだ。一回目からうまくいくものではない。しかし、実践を繰り返していくことで、他人に気持ちよく動いてもらう感覚が、自分のものになってくるだろう。
社内の問題を社内で解決するのは、ことのほか難しい。部門間の立場の違いがあったり、正しいことを言っても「この若造が」と思われることもある。とにかく、社内の人の言うことは聞かない、という人は殊のほか多い。
そこで活用したいのが、社外の知だ。コンサルタントを雇ったり、アライアンスを組んだりといった大げさなものでなくとも、社外の知をもっと手軽に活用することはできる。事務局力の七つ道具の六番目、「あこがれベンチマーキング」で他社で同じ仕事をしている人を見つけよう。いきなりアクセスするのが難しければ、まずは自分のケアリストを眺める。その人の部門は関係ない。その人に適切な部門を紹介してもらえばいいのだ。
たとえば、あなたがCSR部(企業の社会的責任)に配属になったとしよう。うちの会社のCSRは中途半端だ、もっと社会価値を起点に企業活動を組みなおすべきだと主張しても、「わかっちゃいないね、しろうと君は」と言われるのが関の山だ。そういう時こそ、知り合いのつてを手繰って、他社の志高いCSR部を紹介してもらうのだ。そして企業間での、CSR部同士の交流の場を持とう。他社の人の言葉には、必ずや皆、耳を傾けるはずだ。
そこで注意しておきたいのは、こういうときに「ほら私が前から言っている通りでしょ」、という態度はご法度だ。自分も今気付きました、という感じでほほぅ、と言っていたほうがいい。交流の場を終えた翌日に、もし先輩が「やっぱりCSR部はああじゃなくちゃね。みんなも見習えよ」とか言っていたら、大成功だ。「だから私が、、、」とか言ってはならない。事務局力は、表に出ないところが美しいのだ。
次は、社外に開かれた、半径100kmのネットワークでの事務局力に注目しよう。人脈の重要性を否定する人はいない。社内の人脈は、いろいろな仕事をしているうちに自然に広がっていく。だが、社外の人脈は意識しないとなかなか広がらない。
学会や国際会議で発表する、講演会に出席する、技術フェアに参加する、政府や学会主催の研究会の委員になる、ベンダー主催のユーザ会に出るなど、公式に社外の人脈を広げる機会はいろいろある。さらには、友達の友達が集まるような非公式な勉強会、大学やNPOが主催する研究会など、ネットワーキングの機会は無限に存在するようだ。
問題は、どこに参加するかではない。どのように参加するかだ。
ある会社では、社外のフェアや講演に行ったら、三日以内にレポートを出すことを義務付ける運動を必死にやっている。三日以内にレポートを書くことは悪くはないが、子供の宿題じゃあるまいし、義務付けなくてもよいだろう。この施策の意味するところは、「社外に出たら情報を取ってこい」というマインドセットである。はっきり言って、間違っている。そのかわりに、「社外に出たら生きた人脈を作ってこい」と言うべきだ。
生きた人脈とは、「損得抜きに何かを頼める」という人間関係を作ることだ。どうしたら、そんな関係を構築することができるのだろうか。それは、「情報を取ってくる」というマインドとは逆の、「価値ある情報で貢献する」というマインドだけが生み出す、人間のドラマだ。逆の立場で考えればわかるだろう。あとで有益な情報をくれそうな人との名刺交換は、出かけて行ったことの価値だと感じるだろう。相手も同じだ。あなたが何か必要な情報があれば、何でもどうぞという姿勢だからこそ、この人と人間関係を結んでおきたいと思うのだ。
これこそ、まさに事務局力である。イベント参加者全員に対して、何か貢献をしようと考えて接する。ケアの気持ちを伝え、場の共通の議題を見つけるよう努力する。ホワイトボードがなくても、言葉の力で人と人とをつなぐことができる。パーティ鍋奉行だ。そのことならあの人が詳しい、あなたと同じ業界の人とさっき会いましたよ、と人と人を引き合わせる。共通の話題ができてきたら、どんどんその輪を大きくしていこう。「この件に関する有益な資料を持っているので、必要であれば名刺をくださいね」と声をかけよう。お土産がほしい参加者は、こぞって名刺交換をしたがるだろう。
そしてイベントから帰ったら、その日のうちに名刺交換した人にメールを打つ。翌朝でもいいが、それならば9時より前だ。とにかく、相手が翌朝メールボックスを開けた時に、メールが届いていたほうがいい。もちろん、これはケアメールだ。名刺交換+ケアメールで、確実に「生きた人脈」を作ることができる。
こうして、自分自身のケアリストに社外の人脈を連ねていく。何かイベントなどを開くときは、ケアリスト全員に丁寧にメールを送って招待する。来なくてもかまわない。ケアし続けることが大事だ。ケアしておけば、何か状況が変わった時に、助けてくれる、あるいは協業できるはずだ。大事なことは、ケアし続けることだ。
遠慮してはいけない。時間を惜しんでもいけない。ケア、ケア、そしてケアだ。
次の課題は、半径100メートル。組織横断の課題への挑戦だ。大企業では組織は縦割りになり、それぞれの立場で主張する。だから全社課題についても、「自分だけの問題ではない」と協力的にならない。そんななか、あなたが全社課題の解決を任されたら。どうしますか。
「まいったな。全社の情報共有を根本から考え直せって。社長の思いつき、本当に参ったよな」と、課長は大弱りだ。つい先ほどあなたは課長と二人で部長に呼ばれ、「情報共有の全社タスク」を立ち上げて問題解決に当たるよう、指示されたばかりだ。社長は、あちこちにサーバーが立ち上がってしまっていて、どこにどんな情報があるのかわからない状態にもかかわらず、次々と各部門が独自のサーバーを新たに立ち上げる稟議を上げてきたものだから、カンカンなのだ。
全社タスクとは、関連各部門から一名ずつ担当者を出してもらい、組織横断チームで現状の分析を行い、ビジョンや施策を提言するための時限組織だ。難しさは、すべてのメンバーが自部門の仕事をそのまま抱えて参加するので時間がとれないこと、もう一つはどの参加者もタスク終了後に自部門に迷惑のかかる結論を持ち帰りたくない、と思っていることだ。つまり誰もが、参加の仕方も、アウトプットの出し方も、腰が引けているのだ。
全社タスクは、こういった構図の中、大きな挑戦の伴わない、ちょうどよい落とし所を探すことになる。「ま、検索エンジンを入れて、ポータルを立ち上げれば、なんとか形になるよな」。課長の言うとおりだが、これではお茶を濁しているようなものだ。事務局力を発揮して、情報共有の本質に取り組む全社タスクを立ち上げられないものだろうか。
課長が、各部門の総括担当者に人選をお願いする連絡書を用意すると言って席に戻る。さあ急げ、言わなければいけない。「ちょっと待ってください、人選の前に、私に現場を回らせていただけませんか」、と。
こういうときはアポイントは不要だ。拠点の中を歩き回り、知った顔があれば、その部門の情報の整理・活用がどうなっているかを聞いてみる。その人に、同じ部門のキーパーソンを紹介してもらったら、そこにも足を運ぶ。こういうときは、鍋奉行ホワイトボードをクロッキー帳(デッサン帳)にもちかえ、インタビューをしながら相手の言葉をマインドマップでまとめていく。それぞれの部門で、情報を持っている人は誰、情報を必要としている人は誰、どの部門と情報共有することに価値があるかを発見していく。
全部門を回り終わったら、すべてのマインドマップをテーブルの上に広げて、アガペーモードで眺める。すべての部門の人たちを愛で包むのだ。この人たちのために、何ができるだろうか。情報をつなぐことで、誰がどのように助かるのだろうか、と。想像力を働かせる。頭の中には、インタビューした10人以上の人の顔が浮かぶだろう。じっくり考えていると、彼ら彼女らの顔が次第に話し始める。「お客様の要望に近い事例が過去になかったかどうか、すぐ見つけられたら助かる」、「各部門の契約書が一元管理されていれば」、「過去に同じような技術の検討がなされているかどうか知りたい」、等々。次々と想像が広がり始めたならば、それはもう彼ら彼女らがあなたの中に「ペルソナ」として、生き生きと生活を始めたことになる。
そのようになったら、初めて企画書の作成にかかろう。するすると、簡単に企画書が作れるだろう。誰のために何をしたいのか、熱い物語が書けるに違いない。事務局力にとって、企画書は何より大切な武器だ。しかし頭を抱えながら時間をかけて企画書を書くのに、何の意味もない。企画書は、書きたくてウズウズするまで、現場を回って話をしていなければならない。
事務局力を発揮する人は、タスクメンバーを集める前に、すでに勝負をつけているのだ。タスクメンバーを集めてから、「皆さんどう思いますか?」では、腰の引けたメンバーをやる気にさせることはできない。さあ、先手をとって、動きましょう。
まずは半径10メートルの事務局力の実践だ。チームと一言で言っても、サイズは3人くらいから50人以上と幅広いだろうし、特徴もいろいろあろう。しかしここでは、チームを「全員が毎日顔を合わせる」関係で、「全員が利害関係者」である人の集まりとして考えることにする。
あなたは突然、部長室に呼ばれる。「君もそろそろ、新しいサービスの企画を考えてみないか」と言われ、頭に血が上る。大抜擢だが、ある意味で試練だ。いい企画が出なければ部長の信頼を損ねるし、調子に乗っていると思われると、他のメンバーの嫉妬を買う事になる。どちらも絶対避けたい。さあ、あなたならどうする。
1. 部長に対して、余裕の微笑を浮かべ、落ち着いた声で「任せてください。ご期待に沿えるようにいたします」と言う。気分はゴルゴサーティーン。狙った獲物は逃しませんよ。
2. 部長室を出るとき、口元のにやつきがばれないよう、あえて眉間にしわを寄せる。はやる気持ちを抑えて、できるだけゆっくりと歩いて自席に戻る。パソコンの電源を入れて、「はー」とため息をつく。あたしゃ、うれしくありませんよ。
あなたができるサラリーマンであれば、この1, 2を自然にこなすことであろう。そう、このことはもちろん、まったく本質的ではない。問題は、ここからだ。そう、事務局力を発揮せよ。
まず事務局力の七つ道具の一つ目、ケアメールからスタートだ。メールツールを立ち上げながら、マインドセットを整える。この仕事で期待されていることは、自分一人の力で成果を出そうとすることではなく、自分がきっかけを作ってチーム全体が良いアウトプットを出すことだ、と。そうしたら、チームの中で先輩、後輩問わず、企画力のある人を選んで、ブレインストーミングの協力依頼をする。「部長から、企画のとりまとめを頼まれました。皆さんの力を最大限発揮するのが、私の仕事です」と書くことを忘れてはいけない。「私の企画に、さあ皆さん協力してください」では、誰も乗ってきてくれるはずがない。せっかく自分が任された仕事なのに、と思う人は、七つ道具の二つ目、アガペー(神の愛)モードを使って考えてみてほしい。どうしたらこの企画で、チーム全員がハッピーになれるのか、と。
ブレインストーミングが実現したら、ここで七つ道具の三つ目、鍋奉行ホワイトボードの応用をしてみよう。ホワイトボードをセッションが終わっても、そのまま居室の中に置いておくのだ。アイデアがたくさん貼ってある状態で。そして、ケアメールの第二段。こんどはチーム全員にメールだ。「企画のとりまとめをしています。最初のきっかけを○さん、○さん、○さん、にお願いしました。ぜひ全員でアイデアを加えていってください。チーム全員が一丸となれる企画を作りたいのです」。もちろんこれだけで、みんながアイデアを出してくれると思ってはいけない。誰かコーヒーを淹れに行ったなと気づけば、すぐに追いかけて行き、一緒にコーヒーを飲みながら「アイデアありませんか?」と話しかける。しつこく、しつこく続ける。
そして七つ道具の五つ目、内職プレゼンテーションの登場だ。毎日帰るときには、「今日皆さんからいただいたアイデア」というスライド一枚を作成し、全員にメールをする。もちろん、ホワイトボードの近くにも貼っておく。自分の思いつき、ちょっとした助言が、しっかりと取り入れられていくと、アイデアが可愛いものに感じられるようになる。チーム全員の愛情が注がれるようになる。
部長への報告の日。あなたは堂々と、「企画創出のプロセス」を語ればいい。「お前のアイデアではないのか」、と叱るような上司はいない。あなたの事務局力に感心しつつ、目を細めるだろう。「みんなで作ったのか」、と。
経理部の創造性は、現場からはきわめて見えにくい。
現場の提出した予算に難癖をつけて、会社の業績が悪くなると経費一律カットの指示を出す。あとは現場が稼いだお金を計算しているだけ。こんなネガティブなイメージを持っている人も少なくないだろう。だからいきおい、現場は自分の都合で月度末、年度末にまとめて経費の処理をする。経理部がそのタイミングで死にそうな思いをして残業していることに、なかなか想像力が及ばない。
このようなイメージに反して、経理部はきわめて創造的な業務だ。現場の人は自分の部門の仕事はよく知っている。自部門の予算管理のスプレッドシートを見たときに、数字を見ると、その数字の向こうにポワーンと、あれを買ったお金、あのプロジェクトで使った、といった現実が思い浮かぶはずだ。では、他の部門のスプレッドシートを見て、同じような想像力を働かせたことのある人は、どのくらいいるだろうか?
経理部とは、数字から現実を想像する業務である。そして数字によって未来を創造する業務でもある。
私の尊敬する経営者の人の話だが、その人がまだ若いころ、工場の経理を任された。彼はルールに従って数字をつけていたが、よくわからない数字がある。これはなんだろうか?と思うたびに、彼は工場を歩き回った。なるほど、ここに在庫が転がっているのか。それがあの数字か、と。そのうち、今の経理のルールでは、工場の現状をしっかりと表しきれていない事に気づく。そして提案する。「経理のやり方をこう変えたほうがいいのでは?」、と。もちろん、若造の話をそんなに真剣には取り合ってくれず、「そのうち検討しよう」ということで現状維持のままになった。
彼のすごいところは、「昼の8時間で、既存のやり方で経理をつけた。そのあと残業で、自分の考えるやり方で経理をつけた。二人分の仕事をやった」というところだ。新しい経理のつけ方をしていると、数字を見ると、工場の場所が目に浮かぶほどだったということだ。
彼はその後、社長にまでなった。経営会議では、「この数字、ちょっとおかしくない?」と社長が指摘すると、たいていそこにはミスや課題が隠れていたと言う。それほど、数字から描く想像力はすさまじいのだ。
今の経理部員は、過度に専門化してしまって、現場に行って話をするようなことが減ってしまっているのではないだろうか。数字を見て想像力を働かせて、仮説を作る。それを現場に行って話し合う。経理の仕事は予算を削ることではなく、数字を通して未来を創造することだ。それを現場の社員に見せ付ける、そのような事務局力を発揮してほしい。