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2012年7月 1日 (日)

2012年、「働き方の未来」を考えてみたいと思います

1. 自由な働き方を愛して

2012年6月。20年間お世話になった大好きな富士ゼロックスを離れ、株式会社フューチャーセッションズという会社を立ち上げました。2000年にKDI(Knowledge Dynamics Initiative)を自ら立ち上げて12年間、日本の知識創造型経営の実現に向けて突っ走ってきました。

20年前、私が富士ゼロックスを選んだのは、当時日本では、NTTと並んで、「好きなことをやらせてくれる研究所」を持っていたからです。NTTは電話、ゼロックスはコピーで稼いだ資金をふんだんに持ち、将来の新たな稼ぎ頭を生み出すために研究投資をしていました。

富士ゼロックスに入り、グループウェアや組織知活用のためのシステムなど、好きな研究を思いっきり楽しみました。そしてある日、「世界で活躍できる、真の研究者求む!」という社内公募の書類を同僚が見つけてきました。「これ、君、いいんじゃない?」って。

1998年に今のKDIの前身の、コーポレート部門のKDIに公募で移りました。それからは、海外出張と役員サポートがメインの仕事になり、経営理論の世界で、面白いものがないか?と、いつもアンテナを張っていました。面白いものがあると、ぽーんと海外にも飛んでいきました。そして2000年に、知識サービス事業「KDI」を新事業として立ち上げました。

それからは、もっと自由になりました。

プロジェクトで売り上げを立てれるならば、世界中の、どんな社外パートナーとでも組むことができました。最大の贅沢は、IDEO(アイディオ)と一緒にたくさんのプロジェクトを行ったことです。最初は、IDEOの東京スタジオと共同で事業を行いました。次に、IDEOのベイエリア本社と一緒に、クライアント企業に対するイノベーションプロセスのコンサルティングと、富士ゼロックスの新事業コンセプトを発想するプロジェクトを行いました。

そして2009年頃からでしょうか、フューチャーセンターの活動に本腰を入れるようになりました。欧州のフューチャーセンター・アライアンスを訪問したり、東京でフューチャーセンター・アライアンス・サミットというイベントを開催したり、さらに一緒にクライアントのプロジェクトを実行したりもしました。

これほど楽しい仕事はありませんでした。私がKDIを離れるなんて、まったくもったいないことだと、私も、皆さんも、思うでしょう。


2. 独立の二つの理由

私が独立を決心した一つ目の理由は、「社会の要請」です。社会イノベーションが、理論ではなく現実に求められる時代になったということです。しかし、2011年の東日本大震災が、私の考え方を一変させました。新会社を立ち上げた目的は、「企業だけではカバーできない、行政、NPOを横断する領域での社会イノベーションを促進するプラットフォームが必要である。それを自分がやらなければならない」と考えたからです。

独立のもう一つの理由は、「個人の要請」です。下図は、これまでに私が出した、著書あるいは監修書を時系列に並べたものです。

Mybooks

コミュニティづくり、組織変革、ファシリテーター育成、創造的な会議の方法論、フューチャーセンターと、一貫して、組織内の個の力を拡大するための経営理論を作り上げようとしてきた、と言えるでしょう。ところが震災後、「組織内の個」の求めるものが、大きく変わり始めました。「会社をよりよくする個」から、「社会に立ち向かう個」に、私が支援したい「個」がシフトしてきたのです。そして私は、組織を飛び出して社会に立ち向かう個を支援するために、フューチャーセンターのネットワークをつくろうと決心したのです。


3. 社会イノベーションから、再び「働き方」へ

フューチャーセンターは、多様なステークホルダーが集まり、対話と協業の方法論をファシリテーターが駆使し、結果として協調的アクションにより複雑な問題を解決しようとするものです。

私は、このフューチャーセンターを使って、セクター横断の新産業創出などの社会イノベーションを仕掛けようと新会社を立ち上げました。そして、地域活性化の推進、社会的企業の実現、社会問題の解決など、様々なテーマで、「フューチャーセッション」の仕掛けをつくり始めました。

そこに、ふと振り返るきっかけが舞い込んできたのです。

そのきっかけは、神田昌典氏が与えてくれました。彼から、対談の申し出があったのです。神田さんの「2022ーこれから10年、活躍できる人の条件」と、彼の監修したセス・ゴーディン氏の「Work 3.0」を読んで、確かにこれは、同じ方向を指し示している、と感じました。

私がKDIを始めたときに、組織の「働き方を変える」ことをめざしていました。「働き方を変えるのは何のため?」ということを突き詰めていって、「イノベーション」を起こすためだと考えました。さらに、「イノベーションは何のため?」を突き詰め、企業が事業を通して「社会イノベーション」を起こせる社会づくりというところにたどり着きました。

そして今再び、「社会イノベーションが企業の仕事になったとき、働き方はどう変わるのか?」という問いに戻ってきたのです。

私は、社会を「つながりと創造性」をベースとしたものに、変えていきたいと思っています。そのとき、働き方はどう変わるのか?ということを同時に考えていくべき、と気づきました。

「働き方の未来」を考えていきます。このテーマで、フューチャーセッションも開いていきます。

そして、一緒に働き方を変えていきましょう。

野村 恭彦 (Takahiko Nomura)
株式会社フューチャーセッションズ 代表取締役社長

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