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2009年2月の4件の記事

2009年2月22日 (日)

「トヨタの社員は机で仕事をしない」のかー!

新しい本ではないと思うが、若松義人氏の「トヨタの社員は机で仕事をしない」を読んだ。現場だけではない、トヨタではホワイトカラーも机で仕事をしない、というのがこの本の新鮮なところだ。

「机で仕事をしないホワイトカラー」のポイントは、「自分の仕事がなくなるまで改善するのがホワイトカラーの仕事」、「資料は、紙量、死量と考えよ。資料は少なければ少ないほどよい」、といったところに、よく表れている。つまりホワイトカラーの仕事は、「ない方がいい」という前提に立っているのだ。だから、事務所でパソコンに向かっていると、「おまえさん、なに事務をとってるんだ。現場に行って、ひとつでも改善してこい!」と怒鳴られる。

私が何より驚いたのは、この「事務をとる」という何とも言えない表現だ。「休憩をとる」のような、なんだかやってはいけないことをこっそりしているような、うしろめたさを感じさせる。最近のオフィスでは、おしゃべりしていると「仕事をしていない」と思われるから、皆、パソコンに向かってパチパチやって「仕事をしている」ことになっている。普段から、「一人でパソコンでできる仕事は、家でやってこい!」と半ばジョーク、半ば本気で叫んでいる私としては、なんとトヨタでは「事務をとる」と言うのか!と大喜びした。

これからの組織には、ナレッジワーク、つまり新しい目標を自ら設定して、オープンに協業しながら、コトを企て、多くの人に働きかけ、今までにない価値を創出していく仕事が、なにより重要になる。そのときのワークスタイルは、オフィスで朝から晩までパソコンに向かっているのではないし、会議室でパワーポイントを眺めているだけでもないだろう。

ナレッジワーカーの「新しい現場」が必要になる。私は、それこそ「フューチャーセンター」であろうと考えている。あらゆる情報が一つの空間に集まり、壁全体に可視化され、そこでワイガヤしたり、ファシリテーターの助けを得ながら組織横断のセンスメイキングをしていく場。それがナレッジワーカーの現場になったとき、本社に行く理由は、パソコンを打ちに行くのではなく、創造的なセッションに参画するため、ということになるだろう。

いつの日か、日本中の本社のあらゆる空間が、フューチャーセンターとしてリデザインされる時が来るだろう。トヨタの本社で、「私たちの現場はフューチャーセンターだ。昼間っから事務などとっているな!」という声が聞こえる日も遠くはないかもしれない。

プラカデミアサロン2008年度の最終回は、企業からの多くの参加者を迎え、未来を創る準備ができました

2009年2月、プラカデミアサロンの2008年度の最終回は、これまでの「社会起業家を迎えてのラーニングセッション」という場づくりから、「事業セクターと社会セクターの間の未来を創るダイアローグ」へとつなげる、重要な場になりました。ご参加いただきました皆様には、心から感謝申し上げます。
P1080098

ここで議論されたテーマは、GLOCOM発行の論文誌「智場」で、特集・イノベーション行動科学を組み、5月には発行して、大企業と社会起業家が協力し合いながら未来を創っていく宣言をしたいと思っています。引き続き、有意義なディスカッションをよろしくお願いいたします。

一年間の社会起業家研究のエッセンスは、次のチャートに凝縮されています。
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社会起業家は、「社会的不均衡の是正」をしたいという「強い想い」を持っています。そして、それを解決するための、「潜在的な知識資産」をオープンに探し、ネットワーキング力により巧みに活用しています。こういったパワーによって、不均衡のシーソーを逆に傾け、潜在知識が必要とする地域へと自然に転がっていく仕組みを作っていますこのメカニズムを意識すれば、企業も、もっと大きなイノベーションの知恵を持つことができるでしょう。

この会の最後には、プラカデミアサロン2009の方向性について、参加者の皆様に呼びかけをしました。

企業と社会起業家が一緒になって、エコシステムマップを作ろうではありませんか。企業は、このエコシステムマップから、よりよい社会に向けた未来シナリオや社会的課題を発見することができます。これはイノベーション機会の道しるべになるでしょう。同時に、エコシステムマップ上にプロットされた企業と社会起業家は、ベクトルを同じにするアライアンスパートナー候補ということになります。社会起業家にとっても、自分自身の立ち位置を 全体観ある視点で見ることができ、また自らの社会ミッション実現の助けとなる事業パートナーを見つけやすくなるでしょう。GLOCOMの来年度は、このような場をつくっていきます」

2009年2月 7日 (土)

企業人は「社会起業家」との対話により、もっとイノベーティブになれる

2008年度の決算は、上場している製造業全体、自動車や電機などの588社の合計で赤字という結果になりそうだという。パイオニアがテレビを作るのをやめ、NECは欧米でのPC販売をやめる。日本人として、日本企業にもっと元気になってほしい、日本製品が世界中の生活をもっともっと豊かにしてほしいと思う。

イラクのクルド人を助けるために単身乗り込んだ日本人NGOが見たのは、大活躍する欧米のNGO組織が、日本の四輪駆動車、日本の無線など、日本製品を使っている姿だったという。日本から遠く離れた地では、日本人は皆無だったが、日本製品は大活躍をしていたのだ。このことは、二つの気づきを示唆する。ひとつは、日本企業は製品を通して世界にきわめて大きな影響力を持っているということ。もうひとつは、日本の開発援助が、ハードにばかり使われているということ。

このことは、何を意味しているのだろうか?日本企業の事業企画、商品企画には、この日本政府のスタンスに、共通したところがあるのではないだろうか。現地、現場で何が起こっているか、何がもっとも必要とされているのか、もっとも有効なお金の使い方は何なのか?他の国、他の企業はどんな取り組みをしているのか、自国、自社のやるべきことは何なのか?そういったことを十分に考え抜く以前に、モノを作ったり送ったりしてしまうのではないか。自分たちのできることは、そういうことなのだ、と思い込んでしまって。

もし、現地や現場で何が起こっているのか、そこで必要なものは何なのかを最初に考えたら、アクションは少し変わってくるのではないか。前線にいる人の声に耳を澄まし、共感しながら商品やサービスを設計したら、何か違いが生まれるのではないか

ソーシャルな活動をしている人たちは、「儲からない」からNPOでやっているわけではない。「必要としている人がいる」からやっているのだ。これは、「あり方」の問題だ。企業だって、儲かるために存在しているわけではない。

企業の中では、アイデアに対して「それは儲かるのか?」という質問をするのが常識である。だが社会起業家と対話するならば、「私はこの事業を通して何をしたいのか」という意味を語らざるを得ないだろう。ある意味で、企業の中での対話は楽だ。利益が上がれば、それはいいこと。法を犯してない限り。逆に利益が出なければ、それは必要でないこと。それが議論の前提と決まっているからだ。一方、社会起業家は、人生を語らざるを得ない。なぜこの事業をやろうと思ったか、その原体験を話さなければ、「本当にノンプロフィットで、つらくても続けていく」ことを信じてもらえないからだ。企業の顧客は、払ったお金がどこで使われるかをチェックしたりはしない。だが寄付をする人は、その寄付金がどこでどのように使われるのかまで気にする。つまり、社会起業家は「あり方」を徹底的に問われるのだ。

企業人は、社会起業家と話をすべきである。人のためになりたい、よりよい社会を作りたいというピュアな想いに触れるのは、自分たちの「あり方」を再考するチャンスだ。市場規模とシェアについて語るのをやめよう。すでに製品が行き届いているのであれば、そこに、さらに差別化で打って出ることを考えるのはよそう。誰かほかの人がやってくれるならば、そんなことは他人に任せて、自社でなければできない社会的な価値を生み出すことを考えよう

「あり方」が変わると、発想が自由になる。最初に市場規模を調査したりしなくなるからだ。社外に目を向け、できるだけ異分野の人、異なる文化の人と対話をしようという気になる。もちろん、「それは事業として成立するか?」をつねに考えるのは、企業人としてのベーシックスだ。だがこれは、すでにある市場の中で差別化商品を考える、というものとは180度違う発想なのだ。「今は事業として成立しない」ものにチャレンジして、「事業として成り立つモデルを作り上げる」ことができれば、それがまさに「イノベーション」なのだ。

この精神を企業人は、社会起業家から学んでほしい。社会起業家たちが企業人から事業運営のノウハウを学ぶように、企業人は社会起業家から「社会のために自分の人生をかける」という生き様、あり方を学ぶことができるだろう。

大企業の行動原理は、イノベーションと対極にある

大企業に勤める友人たちに聞いてみた。「みなさんの会社で、社会インパクトを目的とする社会イノベーションというものが、これから大事になるという認識はありますか?」答えは一様に、「No」であった。あったのは、「環境対応は、そこに市場があるから取り組んでいる」という意見だけだった。

一方で、「もともと創業期はそういう志だったのだが」、といった意見もいただいた。つまり、創業期は社会貢献の志で立ち上がった企業が、規模が大きくなり、株主の影響力も大きくなったため、「もうかるもの」に取り組むことが使命となってきてしまっている、という現状が透けて見える。

意識の高い人たちに聞いたので、「自分は大事になると思っているのだが」、と皆が口をそろえて言ってくれたのが救いだ。しかし同時に、「社会のためになっても、一見儲からないものに取り組むことは難しい。市場性がなければ、そこから先には行けない」と言う。

さて、これが正しい企業の現状認識であることは疑いはないが、この「常識」は、果たしてこれからも合理的なのだろうか?

もう一度、社会起業家のイノベーション行動原理を振り返ってみよう。

社会起業家は、まず「社会の不均衡」に憤るところからスタートする。これは、ビジネスで言うところの「潜在ニーズ」に当たるところであろう。これをなんとか解決したいと考える。ソーシャルとビジネスのここでの違いは、最初に強い「動機付け」があるかどうかだ。何が何でも解決したい、その気持ちが周囲を動かすパワーを持っている。それは、「もうかりそうだ」から始めるビジネスでは、まったく太刀打ちできないパワーがここには存在する。もちろん、ビジネスの世界でも、この強い動機付けから始まる人たちはいる。これを成功要因と言っても過言ではないだろう。

次に、社会起業家は「使われていない価値ある知識やリソース」を見つける。この知識やリソースをどんな範囲で探すか、壁を設けずにオープンエンドで考えるところが、社会起業家の真骨頂だ。誰かの役に立ちたい、自分の知識を役立てたいと潜在的に思っているボランティア予備軍を組織化したり、援助対象の人たちの中から一部のやる気のある人を教育して、相互扶助の仕組みを作ったり。さらにはライバル企業の使われていない知的財産を寄付してもらったり、プロフェッショナルのボランティアを集めたり。オープンソースのネットワークを作っていくのが社会起業家のやり方だ。これに対して、ビジネスはどうしても「自前主義」に陥りやすい。社内のリソースだけをあてにしたり、全部自分でやろうと計画したりと、ライバル企業を出し抜くことばかりを考える。企業を超えて手を取り合って、一緒に市場を作っていく、それによって社会インパクトを高めていく、そういった発想を持つことはきわめて稀である。

では、この社会起業家の行動原理は、ビジネスの世界とは異なるのであろうか?

この二つの行動原理を見て、私はiPodを立ち上げたときのスティーブジョブスを思い出さずにはいられない。彼は、ナップスターによる社会現象を見て、もちろんそこに大きな市場があることを予測したわけだが、それ以上に、レコード会社にすべての音楽の権利が握られていること、その社会的不均衡に怒りを感じたのではないだろうか。あの時点で、誰もMP3プレイヤーやインターネットミュージックストアが「儲かりそう」と感じていたわけではないだろう。

次に思い出してほしいのは、iPod/iTunesの立ち上げの早さだ。ジョブスはほとんどの技術を社外から獲得し、それをインテグレートするところ、美しく使いやすいデザインに、シンプルにまとめあげるところにすべての力を注ぎ込んだ。知識やリソースをオープンエンドでかき集め、そして自分の美学を追求する。まさに社会起業家の行動原理、そのものではないか。

そして忘れてはならないのが、「社会の不均衡」と「潜在的な価値ある知識資産」の間をつなぐ、もっとも重要なファクターが、「本質的な対話」だということである。社会起業家も、ジョブスも、潜在的な知識やリソースをもつステークホルダーに自らのアイデアを話し、そして相手の意見に耳を傾ける。相手の持っている希望、不安、そして美学を理解し、それを自らのアイデアに加えていく

このような行動原理なしに、イノベーションなど起こせるはずがない。今の大企業の行動原理では、せいぜいが、既存市場で半年間くらいは差別化できるヒット商品を生み出すことが、精一杯だろう。
それでいいのか?大企業よ、めざめよ!

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