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2008年12月の35件の記事

2008年12月31日 (水)

事務局力の七つ道具(2): アガペー(神の愛)モード

【基本ツール】

事務局力の七つ道具(2)
アガペー(神の愛)モード

会議がうまく行く、行かないの原因の多くは、その会議を支配する「モード(様式)」にある。

こちらが緊張すれば、聞き手も緊張するし、こちらが警戒して攻撃的な態度に出れば、聞き手も攻撃的になる。このモードをコントロールすることが、事務局力として最も重要なことだ。

起こしがちな失敗は、用意周到な事務局力を持つからこそ起きる。こちらが十分な準備をして臨んでいるからこそ、参加者が自分の知識や権威をひけらかそうとするスタンドプレイなどは、すさまじく鼻につくからだ。「このことは検討しなくていいのかな?以前のプロジェクトでは・・・」といった、経験の披露などは要注意だ。どうしても「そういうことは検討済みですよ」、「その意見は今日のテーマからはずれてますよ」、「さ、本題に戻りましょう」と言いたくなる。

しかし、こういった否定的態度は事務局力の命取りになる。なぜなら、事務局 vs 参加者という構図ができあがってしまうからだ。「事務局の気に入らない話題は、ここでは話しちゃいけないわけ?」といった挑戦的なモードに入ってしまう。こうなったら、ねらいとするセンスメイキングには、到底至らない。

参加者全員をお客様と捉え、各人の満足度を高めながら、全体をナビゲートしていく「寛大さ」が必要になる。しかし、思いのほか、これは忍耐力がいるものだ。

そこで、事務局に必要なことは、「神の愛」、そう「アガペー」のモードを保つことだ。誰に何を言われても、「ありがとう」、「それは大事ですね」、「良い質問をいただきました」と返すには、心の構えが何より重要だ。

おいおい、スピリチュアル(霊的)な話か? と白けないでほしい。まじめに、すごく有用なツールなのだから。

アガペーのモードを作るには、スピリチュアルな心のプラクティス(練習)を活用する。とても簡単だ。参加者全員を一人ずつ順番に見つめながら、アガペー(神の愛)で包み込んでいくのだ。例えば、いつも厳しいことを言う部長が参加しているとしよう。その人のことも見つめて、アガペーな気持ちでいっぱいになればいい。アガペーのいいところは、勝手にこちらが思いこむだけでいいところだ。相手に何かを伝える必要はない。しかしそれでいて、効果はすぐに出る。即効性。愛する気持ちでいっぱいになると、怖い人も、怖くなくなる。そうすると、こちらの態度が変わる。それは一発で伝わる。正面から対峙するのではなく、同じ方向からものを見ることができるようになる。

さらに上位テクニック。それは、本社や他事業所、または顧客企業など、他拠点で会議を仕切るときに使えるものだ。そのビルに到着した時、立ち止まり、事業所であれば入り口、本社ビルであればビルを見上げて、拠点全体をアガペーな気持ちで包み込んであげる。具体的なスピリチュアルなテクニックとしては、身体が地球とつながって、その本社ビルも自分の身体の一部であるような想像をするわけだ。ひかないで!さぁ、素直にやってみよう。即効性があるぞ。

事務局(または提案者)がアガペーモードで臨んだ会議は、必ず相互理解が進む。だまされたと思って、ぜひ試していただきたい。

事務局力の七つ道具(1): ケア(care)メール

事務局力を発揮するためには、効果的な立ち位置(ポジショニング)をとることが最も大切だ。そのための手助けとなる、七つ道具を紹介する。基本ツールが四つ、応用ツールが三つある。

どれも、簡単に手に入るものである。と言うよりも、普段から使っているツールの「使い方」に意味を与えることで、七つ道具にするのである。では一つ目から、スタート!

【基本ツール】

事務局力の七つ道具(1)
ケア(care)メール

事務局にとって、メールは何のためのツールなのか?それは、ばらばらで活動している人たちに、イベントに向けてのリズムを作るためだ。メールの最大の特徴は、半リアルタイムであることだ。夜のうちに10人にメールを打っておけば、朝の出勤時にその多くがチェックすることを期待できる。電話でこの芸当をすることは困難だ。つまり事務局にとっては、「いつ、誰に」メールを送るのか、そのタイミングがきわめて重要である。

よく、「メールは朝9時前にチェックして、始業前に返信しよう」という能率向上ノウハウを聞くが、事務局は、そのもう一歩上手を行かなければならない。「朝9時前にチェックして返信をくれるよう、夜のうちにメールしよう」というのが事務局のルールだ。事務局のメールテクニックは、「人が読まないときにチェックし、読んでくれそうなときに備えよ」である。メールチェックの典型的タイミングは、朝始業時、昼食後、そして夕方5時だ。その3回のタイミングに合わせて、戦略的にメールをするのだ。チャンスは一日三回。

成功のポイントは、メールを「ケア(care)」のためのツールと捉えるところだ。ケア(care)とは、もちろん「気遣ってますよ」という意味だ。事務局力を意識的に高めるためには、「ケア(care)リスト」を作る。自分だけのメーリングリストだと考えてほしい。最適なタイミングで、最適な人全員に、ケアメールを送る。これが何より大事だ。打合せの二日前に、全員にアジェンダを「ケアメール」する。打合せが終わったら、欠席した人にケアメール。翌日には、議事録を全員にケアメール。メールをこちらの伝えたいことを一方的に送りつけるためのツールだと考えるのと、ケアメールと捉えるのとでは、事務局力が圧倒的に違ってくる。

2008年12月29日 (月)

サラサラのつながりが広がっています!

「サラサラの組織」でググってみた。

一緒に仕事をした、「サラサラの組織」の事例の同志もblogで紹介してくれていて、とてもうれしくなった。本書内でも紹介しているデザイナーの方が、本を手に取ったときの気持ちをとても情感深く語ってくれている。同じく一緒に協業をしたイソムラさんも、サラサラを紹介をしてくれている。彼らのもつつながりが、さらにサラサラのつながりを広げてくれるだろう。shine

企業の中で仕事をしている人が、個人ブログを持って発信することは、「スパイキーに生きる!」(このブログで紹介している)ことと、きわめて関係が深いと思う。彼らはデザイナーであるから当然かもしれないが、ブログをもって発信するには、自らの独自のプロフェッショナル領域を明確にせざるを得ない。そして自分自身のネットワークを広げることを強烈に意識するようになる。

組織内部のゴタゴタがあっても、それに振り回されず、自分はいつも客観的にプロフェッショナルであり続ける。それが大事なのだと思う。snail

2008年12月28日 (日)

「強い文化」をつくる事務局力

「強い文化」とは何だろうか?

新しいやり方を身につける力であったり、意思決定したものが全員に伝わる速さだったり、変化や例外に対応する柔軟さ、などと捉えられるだろう。「強い文化」は、不確実な時代になった昨今、今まで以上に重要な経営の変数になってきたと言えよう。

では事務局は、多様な参加者が一時的に集まるプロジェクトで、いかにして「強い文化」を作り上げていけばよいのだろうか?

佐藤郁哉氏らは、「制度と文化 - 組織を動かす見えない力」の中で、「文化は、人をコントロールするものではない。それぞれの人がどのような態度を取るかという"行為戦略”を決定する上での、ツールキットである」、と述べている。つまり、「文化は制約条件ではなく、人が選ぶものだ」ということである。

このことは、私たちに重大な示唆を与えてくれる。事務局は、「望むべき文化」を誰もが選ぶように仕掛けることができる、その可能性を持つことになるからだ。

また佐藤らは、「行為戦略は、その人の経験を積んできた"畑”に依存する」と指摘する。つまり、育ってきた「畑」の違いが行為戦略の違いとなり、それが文化を決定づけているというのだ。営業、サービス、開発、企画、経理といった異なる部門から人が集まった会議を思い出せば、これは大いに頷ける指摘だろう。そう、事務局は参加者の「畑」を特に意識する必要があるということだ。

各部門からの参加者は部門代表の損得勘定で主張がずれるばかりではなく、各人の畑の違いが行為戦略のズレを生んでいる。こう考えると、目標をすりあわせる前に、お互いの価値観を理解し合う機会を持つことが、何より大事だということが分かる。

プロジェクトを強い文化にしていくために、事務局は次のステップを考える価値がありそうだ。
1) 畑の違う参加メンバー、ステークホルダーそれぞれの行為戦略を見立てる。(この人はどんな特性があるか?という想像力を働かすのだ)
2) 行為戦略の違いを相互理解し、共感を促すような場を演出する。(アイスブレーク、ワールドカフェなど、1対1あるいはグループで対話をする機会を増やす)
3) 新しい「文化のツールキット」として、創造的なワークセッションを定着させる。(通常の会議と違う雰囲気で毎回運営する)
4) そこで生まれた物語を記録し、伝達する。(プロジェクト外のステークホルダーに対して伝達することで、プロジェクト内部の結束力を高める)

このようなプロジェクトマネジメントを行うことで、事務局は、利害対立する参加メンバーたちを一つにし、一方向に向かわせる「強い文化」を構築するのだ。

2008年12月27日 (土)

事務局的部門のジレンマ (広報部編)

広報という仕事は、面白い位置づけの役割だと思う。社内のネタをマスコミに取り上げてもらうことで、会社のブランド価値や商品価値を高めることをねらうのだ。自分自身で何かを作り出すわけではなく、きわめて事務局的要素の強い部門だ。

広報部のジレンマは、
- 社内に面白いネタがなければ始まらない
- マスコミが興味を持ってくれなければ始まらない

という状況の中で、自らの立ち位置を明確にしにくいことだ。
マスコミが関心を持つニュースがなければ何もできないし、逆にマスコミが関心を持つニュースがたくさんわかっているなら、広報部など必要ない。つまり、自分たちの知恵で、マッチメーキングをしたときにのみ、その存在価値が際立つのだ。

しかし現実の広報部の多くは、受け身になりがちだ。社内の面白いネタを探して、一方でマスコミの関心を聞き出し、マッチするようなネタを投げ込んでも、ヒット率はきわめて低い。所詮ネタの質次第、というところは否めないからだ。

では、事務局力を持つ広報部は、どのような違いを出せるだろうか? それはもちろん、プロアクティブにコトを起こすことを考える、具体的には、次のような「テーマ創造プロセス」を駆使することができる。

- 社会的テーマを提起する。社内外に、強く発信する。
- テーマに合わせて、社内の活動を応援する。社会が求めるテーマを強化するよう、役員にプレッシャーをかけたりもする。
- 一方でマスコミに対しては、そのテーマの重要性を記者に啓蒙する。その特集が組めるよう、定期的に情報提供を欠かさない。自社に限らず、他社の事例も惜しげもなく提供する。
- そのテーマの社内事例ができるまで、社内政治によって後押しをする。社内事例ができたら、積極的に発信する。もちろん、マスコミへの投げ込みを徹底する。
- マスコミが特集を組む時には、そのテーマのリーダーとして取り上げてもらう。(それまでの情報提供の貸しを一気に回収する)
- マスコミで取り上げられた記事を社内に強力に発信する。そのことで、社内がさらにそのテーマに熱心になる。

広報が、このような事務局力を発揮するならば、これほど見事に社内を動かす力を持てる部門は、ほかにはない。

この話を広報部に限らず、一般化して考えることもできる。それは、自部門の前工程(広報ならば社内のネタ)、後工程(広報ならばマスコミの記事)に受動的に反応していたら、できることの限界がすぐに訪れるということだ。それは、オプションがきわめて限られてしまうからだ。いくら量的に活動量を増やしてがんばっても、このような少ないオプションの中で動いている限りは、食わないエサを投げ込んでいるようなもので、無駄になる。無駄な作業を作ってやり続ける、それで忙しいと感じているのは、明らかに本社病である。

もう一度、確認したい。事務局力とは、
- 構想を持って、働きかけること
- 企みを持って、他を動かすこと
- そのときに他の力を使って、他を動かす
そのような、しなやかな強さを持つことである。

広報部は、とりわけ事務局力を駆使して、社内を動かしてほしい。

事務局 vs. 「同型化」プレッシャー

「同型化(isomorphism)」という言葉を聞いたことがあるだろうか?

同じ地域に属する団体、同じ組織に属する人たちが、同じような振る舞いをするようになる、という社会学的な観察結果だ。私が特任准教授を務める、東工大のSIMOT (Science of Institutional Management of Technology)では、この「同型化」を乗り越えてイノベーションを起こすためのメカニズムを研究している。

慶應SFCの榊原清則教授は、日米のR&D組織比較を行い、「日本企業は組織内の同型化を起こしやすい」と指摘した。東工大の妹尾准教授と話をしていて、「エリート教育を受けた人が、部門に帰ったときに"浮いてしまう”ということを日本企業ではとても気にする」という話題があった。これはまさに、「同型化の肯定」である。すべての組織の構成員が、組織内で同じ振る舞いをすることが強いられているという証左に違いない。

このような同型化プレッシャーを乗り越えなければ、イノベーションは起きない。組織は、同型化をある程度は受け容れながら、どこかでそれを乗り越えることを考えなければならない。その切り札が、組織横断プロジェクトである。つまり、その事務局は、同型化プレッシャーと常に戦わなければならないのだ。

「管理的事務局」は様々な問題を発生させるが、とくにひどいことには、同型化プレッシャーを加速する役割を果たす。本質を突くような尖った意見は切り捨て、役員の好む当たり障りのない、見栄えの良いアウトプットを出そうとする。だから、今までと変わり映えのしない、変化を起こさない、シャンシャンという音が聞こえてきそうな落としどころを探すのだ。

だが、この同型化プレッシャーは、管理的事務局だけの問題ではない。同型化プレッシャーは、事務局そのものに対しても常に働くからだ。事務局に対して、周囲は前例を持ち出し、役員は好みのアウトプットを求める。各参加者は部門代表として組織のイナーシャーをそのまま持ち込み、外部のステークホルダー同士は利害対立を起こしている

こんな中で、同型化に対抗するには、事務局は相当な強い意志を持つ必要がある。入念に手を打った上で、周囲には熱く語って聞かせなければならない。事務局が同型化プレッシャーをのがれるためには、次のような手を打っておかなければならない。
- 志あるスポンサー役員を立てる。
- 参加者同士の共感を演出する。
- 原体験、ファクトデータを共有する。
- 議論のルールを作る。(前例にとらわれない、新しいアイデアを否定しない、など)

事務局は、同型化プレッシャーの存在を強烈に意識し、決して自らがその加速をしてしまわないように、先手を打っていくことを考えなければならない。同型化を加速する、タチの悪い事務局だけには、ならないように。

気の強い事務局、気の弱い事務局

企業変革を担う「事務局」には、色々なタイプがある。だが、おおざっぱに分けると、「気の強い事務局」と、「気の弱い事務局」がある。

気の強い事務局は、たいてい、ちょっといやな感じのする人たちだ。自分が一番賢いと思っていて、現場を馬鹿にしているところがある、言うなれば「元気を吸い取る事務局」だ。その特徴は、次の通り。
- 現場を信用していない。いつも自分が仕切っていないと駄目だと思う。
- 組織を無機的なものとして捉える。戦略を落とし込むことが大事だと信じている。
- 成功した仕組みだけを信じる。だから他社の成功事例を知りたがる。

だがきわめてロジカルな議論に強く、自らの活動を正当化し、人を巻き込む力もある。彼ら彼女らが正しい目標を持っていれば、それを広めることができる。

一方で、気の弱い事務局は、場をつくり、それを組織内で正当化する力が弱い。「自信を持てない事務局」である彼ら彼女らの特徴は、次の通りだ。
- 現場を説得できない。だからコトが起こせない。
- 周囲の見方に過剰反応する。流されやすい。
- 成功イメージが持てない。だから一貫性を失いやすい。

こんな事務局でも、その裏返しが強みとなる。共感力、相互理解力が高く、現場の人たちのことを必死に考えているゆえ、柔軟で、正しい目標を見つける力がある。トップの強いスポンサーシップがあって、活動が正当化されれば、勢いがつく。

つまり、気の強い事務局も、弱い事務局も、それぞれ善し悪しがあるということだ。この両方の良いところを取った、「明確な思想を示し、傾聴し、共感する事務局」というものをめざすべきだ。その特徴は、次の通り。
- 志:「これは譲れない」というポイントを明確に持っている。だからぶれない。
- 愛:「誰もが輝くものを持っている」と考えている。だから現場と共感する。
- 夢:「こんなことがしたい」が具体的にある。だから説得力がある。

ぜひ、強すぎず、弱すぎず、強くも弱くもある、そんな事務局力を発揮することを考えてほしい。

2008年12月25日 (木)

スパイキーに生きている人たち

スパイキーに生きる = 事務局力の発揮

この公式に、まだしっくり来ていない人もいるだろう。一つの説明は、事務局力を発揮すると、人脈ができて、結果として資源が集まってきて、自らがスパイキーのとがっている部分になる、というもの。このような演繹的なロジックは、そうなる可能性が高いとしか言いようがない。「まぁ、信じてやってみなはれ」ということだ。

もう一つは逆の帰納的なロジックで、スパイキーな生き方をしている人たちは、実は事務局力が強みだったというものだ。

いい加減なことは言えないが、例えば島田紳助さんのように、芸人から司会者になり、さらに新人のプロデューサ的な立場に進化を遂げていく人のコア能力は、事務局力だと思う。彼は、人を集める場(番組)を作り、その人たちに機会を与え(番組内でいじり)、一流に育てていく(売れるようにする)。それをひたすら繰り返すことによって、自分自身の芸ではなく、他人を育てることによって、自らの地盤を強化していると言えよう。

また、勝間和代さんがあれほど短期に超メジャーになれた経緯が、「起きていることはすべて正しい」に詳しいが、それを読むと彼女の強みが事務局力であることがわかる。「自分の力だけでは決して本は売れない、皆が応援してくれる関係性を作ることが最も大事である」、という自己理解ができているのはすばらしい。事務局力を発揮するリーダーの、持つべきスタンスと言えよう。

島田さんのタイプは、自分の周辺に集まった人の価値を高めていくことで、より自らのネットワーク価値を高めることに成功し、結果として自らの王国を築く。勝間さんのタイプは、ネットワーク価値のある人とのネットワークを地道に増やしていくことでネットワーク資産を増やし、結果として資源の集まるスパイキーな立場になる。

彼らからスタイルを学ぶとするならば、まず勝間さん型の、ネットワーク価値のある人とできるだけつながっていくことをめざすべきだろう。そうなると、たとえば「勝間和代推薦!」と書いてある本が売れるようになってきているように、次のステップは島田さん型で、自分の周りを育てることで王国を築くことができるだろう。

戦略的な「事務局力」とは、自らの芸に頼ることなく、ネットワーク資産を高めることに注力し、結果として周囲が自分の価値を高めてくれる環境を構築し、長きにわたって自らの価値を高い状態にし続けることを可能にする能力と言えよう。これが、スパイキーな生き方なのである。

2008年12月23日 (火)

スパイキーに生きよう

Flat_to_spiky

「スパイキー」とは、サッカーやゴルフのスパイクの靴底のように、一部だけがとがっている状態を言う。フリードマンの「フラット化する世界」に対するアンチテーゼとして、リチャード・フロリダが出した考え方が、"The World is Spiky"だ。詳しくは、過去の記事を参照してほしい。また、同じ記事の中で、組織構造も、誰もが平均的に仕事を担う階層型から、プロジェクトベースのフラット化が進み、さらにナレッジワーカーによるスパイキー化した組織へと進化しつつあるということを述べた。

スパイキーになるということは、つまり一部のプロデューサ型人材に、権限ではなく、その人のネットワーク資産(ソーシャルキャピタル)によって、あらゆる資源が集中するということだ。

これは、たまらないことだ! ネットワーク資産を持たない人は、いくら部門で評価されて出世しても、プロデューサ型人材の企画の下で踊るしかない運命なのだ。管理職を目指すな、と言った意味が、また少しご理解いただけただろう。

だが、あきらめてもらっては困る。スパイキーになるということは、「スーパースターしかハッピーになれない世界」ではない。逆に、超優れた人材でも、その人がエキスパートであれば、スパイキーな生き方をしている人の作った舞台で踊ることになる。映画監督みたいなものだ。世界の一流の俳優・女優を思いのままに動かすことができる。

そう、スパイキーな生き方は、今までの成功イメージとは少し異なる。

リチャード・フロリダが言ったように、都市はクリエイティブな人が集まることで価値を生む。クリエイティブな人たちは、お互いを理解し合えるところに集まる。組織も同じだ。クリエイティブな人同士は、自律的にネットワークを広げていく。ソーシャルネットワーキングサービスの輪のように。

スパイキーに生きるとは、横並びではない生き方を貫くこと。価値観を明確に持ち、人と人とをつなげる仕事をする。仕事を待つのではなく、機会を作り、仕掛ける。専門家として突出した能力を発揮することよりも、事務局力を発揮して人と人とのつながりに価値を与えることが大事だ。それは、他人に応援してもらう生き方、他人が自分の将来のためにがんばってくれる生き方だ。

その実現に向けてのアクションは、社内外に誰にも負けることのない優れたネットワーク資産を構築することから始まる。そして自らのネットワークに価値提供し続けるのだ。ここまでの考え方は、「ソーシャルキャピタル」と変わらない。しかし、個人の能力であらゆる人に価値提供し続けることは、不可能だ。

そこで活用すべきが、「事務局力」である。事務局は、イベントやプロジェクトの持つポテンシャルを活用(または流用)することができる。誰もが出演したいイベントの事務局であれば、出演者交渉こそ、自らのネットワーク資産を高める場になる。

事務局を買って出て、役得で、できるだけ多くの人と会う。そしてその人に活躍の場を与え、その場で人間としてのつながりをつけていく。その繰り返しが、スパイキーな生き方を作る。

2008年12月21日 (日)

事務局力の技術(会議編)

事務局力を発揮するには、思想や人間性が重要なファクターになることは事実だ。しかし、人間的要素で事務局力を発揮できないということよりも、正しい知識やスキルを持っていないために、管理的事務局に終わっていることの方が多いのではないか。

事務局にとって最も重要なイベントは、いわゆる「会議」である。会議をいかに設定し、運営し、そして決定事項を記録に残し、広めていくか。このような、会議の前、間、後の三つのタイミングそれぞれの、「技術」があることを理解する必要がある。これが、事務局力を発揮して組織を動かすか、それとも時間の浪費とも言えるオペレーショナルな作業に振り回されるかの分かれ目である。

(1) 会議の前
会議の前に、会議の成否はほぼ決まっていると考えるべきだ。

email
会議の招集の連絡は、事務局力のキーだ。emailが発達したこの時代、直接連絡を入れておけば、事務局の意図にあったメンバーを集めることができる。つねに適切な役員を集められるようにするためには、秘書に対してのemailの書き方にもケアする必要がある。担当に来てほしい時には、Cc:に課長を、部長に来てほしいときにはCc:に役員を入れておき、その人の重要性を上司の見るであろうemailの中でしっかりと訴えておくのだ。

インタビュー
皆、会議の最中には本音を話さない。だから、あらかじめ各参加者のアポイントをとって、個別に話を聞きに行くことが重要だ。インフォーマルにコンタクトをとってもよいが、さらなる高等テクニックとして、「全員にインタビューする」ことをフォーマルに宣言するやり方がある。そして全員のインタビュー結果をまとめ、全員に全員分をフィードバックするのだ。他人の考えを客観的に眺め、相互理解する上でとても役立つツールになるはずだ。

(2) 会議の間
会議の成否は事前にほぼ決まっていると言ったが、会議の満足度は、もちろん会議の間で決まる。どれだけ全員が高い満足度を感じる会議を行うかが、事務局の腕の見せどころだ。

ファシリテーション
ファシリテーションは、利害関係のある参加者同士の共感を演出し、創造的な協業を可能にする。ファシリテーションにはもちろん、全参加者から等しく意見を聞き出す傾聴力、それを整理・体系化して可視化する表出力、そして楽観的に共通のベクトルを指し示す仮説提出力などと、高度なスキルが要求される。しかし、参加者全員に対して満足して帰ってほしいというサービス精神を発揮できれば、成功の確率は一気に高まることになる。

面白いことに、会議への参画度合いは、その参加者の満足度につながる。満足度の高い会議は、そのアウトプットに実行力が生まれる。つまり、会議に全員を参加させること、それが成功の最重要ポイントであるということだ。

また会議は、ロピー活動(政治的ネゴシエーション)の最高の舞台だ。会議の前には早めに来て、雑談をする。休憩を長めにとり(事務局にその権限がある)、そこで経営トップに自分の意見を伝える時間にするなど。志や企みのある事務局は、会議の休憩時間を最大限に活用するはずだ。事務局仲間と雑談しているようでは、管理的事務局というレッテルを貼られても文句は言えまい。

(3) 会議の後
事務局が戦略性を最も発揮できるのは、実は会議の後である。会議の内容は様々な角度から振り返ることができるし、どの発言を強調するかで、ニュアンスを大きくコントロールすることもできる。

議事録
議事録は、主観的記録であるにも関わらず、公式な文書である。事実を曲げることは許されないが、自分の意志に近い部分を強調したり、ニュアンスの調整をすることができる。たとえば社長が、「私はそう思わないな」と言ってほぼ否定したことを、「再度検討するよう指示があった」と前向きに記述することもできる。誰も文句を言えない範囲だ。

報告書
何度かの会議を重ね、中間あるいは最終の報告書をまとめる段でも、事務局は自分の考えを吹き込むための、大きなチャンスを得る。報告書は毎回の議事録ではないので、ある視点で通して全体を整理し直すことになる。報告書を書くのは誰もが面倒なので、事務局が買って出れば、まず間違いなく「お任せします」になるだろう。

このように書いてみると、事務局というのは本当に恐ろしい役割だな、と思い知らされる。考え方の違うライバルに事務局力を発揮されて痛い目に遭う前に、しっかりと事務局力の技術を磨いておこう。事務局力を最大限に活かせば、組織はあなたの思うように動かせるようになる。

2008年12月20日 (土)

事務局力のある人生

「事務局力」があると、こわいものがない。

「リーダーをやりたい」と言ってやらせてもらえるものではないが、「事務局をやりたい」と言えば、たいていは「悪いねぇ、お願いします」と言われるだろう。

また、リーダーでプロジェクトを成功に導くのは容易なことではないが、事務局はプロジェクトの成功に責任を負うのではなく、プロジェクトが予定通り推進することに責任を持てばよい。コミュニケーションさえしっかりとれば、難しいことではない。しかし往々にして、事務局的運営のまずさにより、プロジェクトは失敗に終わる。

なぜ、これほど目立たない地味な存在の事務局が、これほどの大きな影響力をもたらすのであろうか? それは、プロジェクトが「人の集まり」だからだ。人を動かす要素は、会議の最中ばかりではない。事前の誘い方、会議の出席者の選定、事前の根回し、アジェンダの作り方、そして会議後には、議事録の中身、送付先、そして次回の会議の設定等々。会議をシリーズで考えると、全体をマネジメントしているのは、リーダーではなく事務局であることが多い。

逆に、多くのリーダーは、人間関係のマネジメントに時間を割きたがらない。しかし事務局力を持つリーダーであれば、こういったことを自ら率先してやる。そう、事務局力は、必ずしも役割としての事務局の人だけが発揮するわけではない。次のような様々なシーンが考えられる。
・ 本当に事務局という任務を負っている人が、戦略的事務局になる
・ プロジェクトリーダーが事務局力を発揮して、プロジェクト推進を行う
・ 変革リーダーが非公式に、事務局力で人を集め、会社を動かす
・ 部課長、グループリーダーなどが、事務局力でチームを盛り上げる
・ 一般社員がチーム内、イベント、社外活動などで事務局力を発揮する

つまり「事務局力」があれば、いつでも、どこからでも組織に対して大きな影響力を与え得るのだ。また、事務局力を発揮していると、生きた人脈が構築できる。たんなる知り合いが増えるのではなく、自分が何かを実現しようと企画したときに、頼りになるパートナーが各方面にできる。なぜなら、事務局は参加メンバーのために仕え、彼ら彼女らの成功に貢献するからだ。そこで培われた信頼は、公式な事務局としての関係が終わった後も続く。それが事務局力の最大の価値だ。

「事務局力」を磨け

サラリーマン第三の道を歩むことは、管理職を目指す働き方と対局に位置することを示した。また、第三の道は利他的なメカニズムに従い、青臭い理想を追求し続ける生き方であるということも伝えた。

では、今日から具体的にどのように行動を変えていけばよいのだろうか? どうすれば、第三の道を歩み始めることができるのだろうか?それが示されなければ、所詮正論にすぎない。

その答えとして、ここでは一つ、耳慣れない言葉を示したい。それは、「事務局力」だ。

「事務局」という言葉を聞いたことがあるだろうか? 事務局とは文字通り、団体やグループ、プロジェクトの「事務」全般を取り扱う人たちの役割だ。事務局という響きに、いいイメージを持っている人は、どのくらいいるだろうか? きっと、「事務局というものは創造的な役割でしょうか?」と尋ねたら、サラリーマンの90%以上の人が、「事務局とは、創造性とは対極にあるオペレーショナルな仕事だ」と答えるのではないだろうか。

大企業の経営層や変革リーダーの人たちと「組織文化の革新」について議論していると、たいへん興味深い共通の意見がある。それは、経営企画、営業企画、研究開発企画など、もっとも創造的な仕事をしそうな部門に対して、「もっとも創造性に対する理解のない部門」だという認識を持っていることだ。名前の由来からすると、当然企画部門であるから、もっとも創造的な発想と業務をして然るべきなのに、なぜそういったことが起きるのだろうか。それは、「管理職を目指す行動指針」と同じことが、企画部門で起きてしまっているからだ。企画部門は、いわば役員のブレイン(頭脳集団)だから、どうしても「上ばかり見て仕事をする」ことになる人が多い。

役員のブレインを務める企画部門には、事務局的な活動がどうしても多くなる。役員が言い出したタスクに対し、企画部門は1, 2名の事務局を任命し、関連部門の代表者を集める。その雑事全般を担い、自らの意見を求められることもなく、調整業務に明け暮れる。メンバーのスケジュール調整、会議の設定、議事録の作成、役員への定期報告の作成、関連部門との調整、最終報告書の作文、アクションプランの策定、等々。やることは山ほどある。だが、自分のプランではない。あくまでも客観的に、文書作成しなければならない仕事である。

読んでいるだけでも、頭がくらくらしてきただろう。事務局の宿命だ。端から見ると辛そうな仕事だが、たちの悪いことに、やっている人たちは気持ちが良くなってくる。「自分たちが会社を動かしている」という錯覚に陥るからだ。これが政府であれば、「自分たちが社会を動かしている」という錯覚になって、もっとたちが悪い。

私は、声を大にして言いたい。「志のない事務局は、会社(または社会)を駄目にする」のだ。志のない事務局のことを「管理的事務局」と呼ぼう。管理的事務局は、価値を生まずに、仕事を増やす。役員の仮説を検証せずに、肯定するデータを集める。こういう事務局の闊歩する会社では、「一貫性のないビジョン」や「納得のいかない戦略」が現場に次々に降りていく。最悪だ。

その一方で、志を持つ人が事務局をやると、話はまったく違ってくる。これを「戦略的事務局」と呼びたい。戦略的事務局は、想いを伝播させ、組織全体を熱く、やる気のある集団に変える。こんな会社で働くと、毎日が楽しくなる。会社を変える人材は、こういう人たちだ。

彼ら彼女らは、元々のスーパースターではない。戦略的事務局となり会社を変える人たちが、管理的事務局に徹してしまう人と違うところは、「管理職を目指す行動指針」に従ってしまうか、「サラリーマン第三の道の行動指針」に従い続けるか、それだけだ。そして、第三の道を歩む彼ら彼女らは、戦略的な「事務局力」を身につけてきたのだ。正しいプロセスで。戦略的な事務局力を身につければ、自らの持つ理想を掲げながら、組織を動かし、人間関係を構築し、より上位の目的にあった成果を挙げることができるようになるのだ。

管理職を目指すな

あえて言いたい。「管理職を目指すな!」と。

管理職になるな、とは言わない。だが、今の組織構造の中で管理職を目指すことは、サラリーマン第三の道を歩むことと、まったく反対の行動指針に従うことになる。

「管理職を目指す人」の行動指針 (;;;´Д`)ゝ
・ 業績目標の達成に躍起
・ 残業をたくさんする
・ 上司の好きなタイプになる
・ 部門利益に貢献する
・ 無理な挑戦はしない

「サラリーマン第三の道を歩む人」の行動指針 ヽ(´▽`)/
・ 理想の実現に真剣
・ 社外の人と活発に会う
・ 他部門の上位層にメンターを持つ
・ 全社利益を考えて行動する
・ 挑戦して失敗してもめげない

自分自身の行動に、思い当たるところはないだろうか?また反論として、「後者が大切なのはわかるが、前者をおさえてないと、いつまでたっても出世しないじゃないか」という声が聞こえてきそうだ。それでは、前者の行動指針では管理職にすらなれない、後者の行動指針でいる人たちが経営人材になっていくのだ、ということをご理解いただこう。

管理職を目指すことのリスクが高まった要因は、どの会社も管理職ポストを絞ってきており、短期的評価を積み上げても、ダントツでなければ管理職になれない組織構造になってきていることだ。管理職を目指す行動指針では、運がよくても課長どまり。それ以上の出世は困難な時代だ。
そして皮肉なことに、経営層の関心は、「組織には実行力、個人には革新力を求めるという、ねじれ構造」をつねに持っている。その結果、組織目標の達成に躍起になって、上に気に入られる成果を挙げ続けたとしても、短期的評価しか得られず、「自ら言い出して改革に取り組む人間」が、経営人材として登用されていくのを指をくわえて眺めることになる。それでも、あなたは管理職をめざすのか?

では、一方の「自ら言い出して改革に取り組む人間」とは、どんな人材なのだろうか?MBAを持つ経営者予備軍か?答えは、多くの場合、Noだ。こういう人間こそ、サラリーマン第三の道を歩む、「青臭いことを言う人物」なのである。売り上げ目標に汲々とすることなく、「支店のメンバーの成功事例を共有しましょう」と勉強会を企画したり、他の部門にしょっちゅう話を聞きに行ったり、役員がやってくると積極的に質問したりと、とにかく青臭い人物なのだ。

管理職を目指す人たちからすると、こういった青臭い人物は、うさんくさい。行動指針がまったく異なるので、「上司の受けをよくしたくて、改革に取り組んでいるのではないか?」とうがった見方をしたりもする。こういう見方をしている人たちは、一生、経営者から信用されることはない。なぜなら、サラリーマン第三の道を歩む青臭いことを言う人物は、「本気でみんなのことを考え、本気で経営のことを心配している」からだ。経営者から見て、こういう人物が信用できるということは、自明の理だ。

ご理解いただけただろうか?管理職を目指すと、その行動指針が自らの将来をせばめてしまっていることを。だったらはじめから、第三の道を歩んでみませんか?

サラリーマン第三の道

「第三の道」という言葉をご存知だろうか?

Wikipediaでは、次のように説明をしている。
第三の道(だいさんのみち、英語:The Third Way)とは、新自由主義的な経済路線の保守党政権に対抗するために、新自由主義的な経済路線を大幅に取り入れた、旧来の社民主義の「大きな政府」路線でも、サッチャー流の市場原理主義路線でもないもう一つの道を目指すべきとして、イギリスの社会学者ギデンズなどによって主張され、主にヨーロッパの社会民主主義勢力が取り入れた政治路線の総称。(Wikipediaより)

「中央統制」が第一、そのアンチテーゼとしての「市場原理」が第二、そのどちらでもないもうひとつの道である「社会民主主義」が第三の道である。

このメタファーが、「サラリーマン」の生き方にも通じるものがあるという話をしたい。あえてサラリーマンという表現をしたのは、「組織の中で生きている人」というニュアンスを強調するためだ。ここでは起業家(アントレプレナー)、経営者(ビジネスマン)、専門家(プロフェッショナル)といったイメージではなく、組織の中で働く一般社員を想像してほしい。

組織の概念は、軍隊で生まれた。中央で大将が「進め!」と指示を出すと、それが階層を下って末端に指示が届く。そこで初めて末端の兵隊は動きだす。それまでじっと待機しているのだ。もちろん、こんな組織に今時お目にかかることはない。現代の多くの組織では、現場の管理者や社員が皆それぞれの目標値を持ち、協力したり競争したりしながら、自らの目標を達成しようとする。もう少し厳密に言うとすると、目標管理のメカニズムは未だに軍隊方式の階層型であるが、それぞれの人の行動メカニズムは市場原理になっている。

はっきり言おう。現代組織の管理手法である、「軍隊型目標管理+個の市場原理」は、人間的な人の関係性を破壊する、最悪の組み合わせである。あえて名づけるならば、「利己主義メカニズムによる経営」であろう。このメカニズムの副作用で起こっていることを列挙すると、その気持ち悪さ加減が実感できるだろう。
・ 誰もが、達成できそうな目標を立てようとする
  (うまく低い目標を立てた人が評価され、出世する)
・ 他の部門に貢献したり、他人を助けると評価が下がる
  (自分のことだけやっている人が評価され、出世する)
・ 管理部門が威張っていて、現場がいつも叱られている
  (内向き志向になり、社内政治が活発になる)
まだまだ数え切れないほどあるが、気持ち悪くなってきたのでこのくらいにしよう。

第一の道であれば、このようなことは起きない。すべてが上意下達で決まってしまうからだ。中途半端な自由度が、現場の活力を奪っている。一方で、徹底して第二の道を追求すれば、あらかじめ目標設定するようなこともないので、誰もが自由闊達に仕事ができる。つまり現代の組織は、「第1.5の道」とも言える、「管理下で自由にやる」というきわめて中途半端な道を歩んでいるのだ。

では、「サラリーマン第三の道」は、どこかに存在しているのだろうか?私の持つ、サラリーマン第三の道のイメージは次のようなものだ。

「サラリーマン第三の道」
【目的】 やりがい・幸福を感じるサラリーマンとしての生き方
【何を変革したいか】 そこそこやっていて上司に気に入られている人が管理職になるという、モチベーションの上がらない仕組みからの脱却
【ベースとなる行動原理】 利他主義メカニズム

これを「組織革新」の視点で、経営者目線で考えることはできる。いかに、より活性化した利他主義で動く組織を作るか、というテーマだ。しかしここでは、「サラリーマンの生き方」という視点で、あくまでも社員目線で考えていきたい。会社が変わらなくても、自分自身の生き方を変えれば、もっとハッピーなサラリーマン人生が送れるのではないだろうか?

2008年12月17日 (水)

フューチャーセンターがもたらす変化

あなたが、自社の中心にフューチャーセンター、つまり「未来志向で現実の問題を解くための場」を作ろうと決心したとしよう。

それは、どのような場を作ることになるのだろうか?
それは、どのような効果をもたらすのだろうか?
それは、企業経営をどのように根本から変えてしまうのだろうか?

これらの疑問に答えていきたい。

まず、場の作り方には次のようなバリエーションがある。
・経営企画部門のような「本来ハブとなるべき部門」をフューチャーセンター化する
・本社の誰もが来るフロアに「象徴的な場」としてフューチャーセンターを作る
・本社の1Fなど、お客様も来れる場所にフューチャーセンターを作る
・吹き抜け階段まわりなど、点在する出会いの空間をそれぞれフューチャーセンター化する
・商品企画部門、マーケティング部門、技術企画部門など、個別具体的なテーマごとにフューチャーセンターを作る

場の効果には、「複雑な問題を解ける」ということと、「継続的にその知識を蓄積・活用できる」ということの二点がある。たとえば、次のようなことである。
・未来シナリオを作るには、社会の持つ様々な不確定要素を勘案する必要がある。そのような情報を継続的に蓄積・活用していくことに大きな価値がある。
・ビジネスモデルアイデアを出すには、取引先や顧客企業の変化、自社の既存の枠組みを超えた発想が必要。
等々だ。
今までも未来シナリオや新ビジネスモデルを作ろう、という努力は各社してきたであろうが、その議論は使い捨てになっていなかっただろうか。一つのタスクで議論したことが、翌年の別タスクでテーマが近くても、その過去に培った視点を生かしてはいないだろう。

複雑な問題を組織を超えて解く、ということになると、「問題を単純な問題に分割して各自に割り振る」という、近代の管理制度が立ち行かなくなる。その結果、多くの企業組織は分業システムを崩壊させ、協業システムへの移行を成し遂げるだろう。

2008年12月15日 (月)

「未来を経験する場」でイノベーションハブを育てる

フューチャーセンターは、「未来を経験する場」である。毎日現在の問題解決に明け暮れている社員が、フューチャーセンターに来て対話をすることで、「日常を未来志向で考えられるよう」にすることが、日本企業にとってのフューチャーセンターの最大の意味ではないだろうか。

フューチャーセンターに来ることで、社員はこれまでに協業してきた人たちと、まったく異なる多様な人々との対話を経験する。創造的な空気の中、異なる背景を持つ者どうしが、相手に共感しながら、相互に尊重し合って対話を続ける。そうすると、「どうしていつもは、こういうふうに楽しく話せないのだろうか?」と感じて来る。それによって、フューチャーセンターから自分のオフィスに戻ったあとも、その社員の日常は大きく意味が変わってくる。

フューチャーセンターは、いつでもオープンに「複雑な問題」を待っている。もちろん、複雑な問題とは、きわめて主観的なものである。どんな問題が挙がってくるだろうか?例を考えてみたい。
「お客様に今ない商品についての問い合わせを頂いた。誰に言えばいいのだろうか?」
「テレビでスーダンの国際援助の難しさについての報道を見た。うちの会社にも、何かできることがないだろうか?」
「保険会社向けのシステムと、自動車販売店向けのシステムで、共通部分をプラットフォーム化して開発コストを30%ダウンさせられないだろうか?」

フューチャーセンターには、誰かが単純な答えを持っているような問題ではなく、さまざまな解釈があり得たり、利害関係者が多かったり、といった少し複雑な問題を誰もが持ち寄ることができる。ファシリテータは、これを高い視点で受け取り、問題を切り分け、適切なイノベーションハブの人たちを集めてワークショップを開催する。

こういった「経験の場」の開催を重ねることで、次のような原体験を積むことができる。これは、イノベーションハブ人材を育てる土壌を作る上で重要なことだ。
・複雑な問題を組織横断で解くことができる、という成功体験を得る。
・イノベーションハブとの対話の機会が増え、発想方法を学ぶ。
・問題は論理だけで解くのではなく、感情で解くものでもあることを知る。
・対話のファシリテーションによって、結論が大きく変わる。

もう一つの経験教育として重要なポイントは、フューチャーセンターで「ナレッジブローカー」(シュルンベルジェ社の制度で、地球上のあらゆるところからの問い合わせに対して、答えられる人を瞬時に探して紹介する専門職。シュルンビルジェ社ではナレッジブローカーを経験した人材を二段階特進させるほど、この仕事での能力向上を公式に認めていた)の仕事を担うことで、会社の全体像を把握でき、さらに大きな人脈網を構築することが可能になる。

つまり「未来を経験する場」での学習には二通りあり、フューチャーセンターに現場の問題を持ち込むことで、今までにない経験を得ることが一つ。もう一つは、フューチャーセンターでナレッジブローカーを担うことによって得られる経験知だ。これら二通りの手法で、イノベーションハブの育成を仕掛けることができるはずだ。

2008年12月14日 (日)

フューチャーセンター: イノベーションハブを集める場

イノベーションハブ(創造的な問題解決や価値創造のネットワークのハブとなっている人)は、組織の中に点在化し、経営からは見えにくい。正式な役割ではないので、命令で動くわけでもない。社会へのインパクト、経営トップの意志、顧客の感動など、彼ら彼女ら個人の価値観に響かなければ、協力は得られない。

イノベーションハブを集め、未来志向で複雑な問題を本質から解き明かす「フューチャーセンター」を立ち上げることで、経営トップは、その意志を伝えることができる。

欧州で立ちあがったフューチャーセンターは、「未来志向で対話するための場」だ。フューチャーセンターには、(1)五感を刺激する新しい経験ができる、(2)複雑な問題が解ける可能性がある、(3)多様な人と安心して対話ができる、という期待感を持って人々が集まる。

そこには毎日更新されるキラーコンテンツ、有識者フィードバックなど、つねに有益な情報が得られる期待感がある。インパクトのある空間、対話しやすく、気付きが得られやすい場づくり、そしてよいファシリテータがそこにはいる。イベント性があって、よくデザインされたワークショップに、魅力あるゲスト、多様な参加者が来る。それがフューチャーセンターの魅力だ。

Futurecenter

組織の人と人のつながり(ソーシャルネットワーク)のなかに、「ネットワークハブ」を見つける。ネットワークハブの中から、問題を本質から解いてくれる「イノベーションハブ」の役割を担う人を見つける。そして次は、イノベーションハブが集まる「フューチャーセンター」を用意する。

それができれば、その結節点には、社会の様々な知が集まり、そこで新たな価値が生み出されることになる。

「強力な個」が組織を動かしている

生産性と創造性を共進化させよう、ということを一つ前の記事で問題提起した。

ここでは、「圧倒的な創造性によって生産性を高める」ということが、組織の内外ですでに起きている、ということを見ていきたい。

まず、自社の成功事例、うまくいった仕事のやり方を思い出してほしい。自社の常識をくつがえし、組織を超えたコラボレーションが巻き起こり、その結果、大きなイノベーションが起きたときのことを。そこには、どんな成功要因があっただろうか?

言い当ててみよう。そこには、「強力な個」がいたのではないだろうか?このことは今まで、「あの人だからできた」という、能力や個人技の伝説として扱われてきたのだと思う。しかし、この「強力な個」は偶然ではなく、もっと合理的に説明のつくものなのではないか。

「ネットワークハブ」というアイデアがある。シックスディグリー(世界中のだれとでも、6人を介せばつながっている)は、多数のネットワークを持つ「ハブ」の役割を担う、少数の人によって実現されているというものだ。

会社の中にも、組織を超えて人と人をつなぐ、情報を伝達する「ネットワークハブ」の人がいるはずだ。その中に、「強力な個」が潜んでいるのではないだろうか。

その人が、たんに情報を流す、人を紹介する、というだけでなく、「問題の本質を解きほぐし、組織を超えて適切な人を集めて、創造的に問題を解いてしまう」。そういう人がいつも、イノベーションの手前にいるのではないか。「ネットワークハブ」の中でも、そのような創造的な問題解決をしてくれる人を、「イノベーションハブ」と呼びたい。「強力な個」は、このような「イノベーションハブ」なのではないだろうか。

イノベーションハブは、周囲の社員からすれば、「現場の課題を持ち込むと、本質的な問いに高めてくれる人」だ。こういう人たちを会社の機能として明確化していく、もっと目立つように、誰からもアクセス可能にしていく

そこで、問題をこう定義してみる。インフォーマルに組織を超えて問題解決する「強力な個」を、会社の役割として、組織機能としての「強力なイノベーションハブ」に変えていけないだろうか。

イノベーションハブが表に出ない理由は、二つある。
一つめは、自他共に認める「強力な個」であるイノベーションハブの場合。彼ら彼女らにとっても、これは本業ではないからだ。権限を持つ「強力な個」は、通常業務のパフォーマンスの高さが評価され、副業としてイノベーションハブの役割を果たす。起業家精神に富んだ、スーパースターだ。だが表だって、このことが私の仕事だと言うことはない。
もう一つは、イノベーションハブが、社内の「変わり者」と思われている場合だ。この人たちは、会社の短期志向の戦略に憤り、会議でもテーブルをひっくり返すタイプだ。どちらかというとネガティブな強者というレッテルが貼られているが、社内外に豊富な人脈を持ち、本質をつかむ力に長けている。社内に敵が多く、やっかいがられて出世していない。

これら二つのタイプのイノベーションハブをどうやったらうまくネットワーキングできるだろうか。彼らの持つ能力をうまくコーディネートできるだろうか。このことが、新しい経営思想を実現するための成功要因に違いないのだが。

「イノベーションハブの活用」が、「問題を単純化して分業して解く企業文化から、複雑な問題を本質から解き明かす企業文化への体質変容」につながるのではないだろうか。そのことを今、必死に考えている。

まず「生産性」、それから「創造性」なのか?

企業のトップや経営企画部の人たちと、イノベーションや未来シナリオなどの話をしていると、必ず出てくる議論が、「そういうことは我が社にとってきわめて大切なことだ。だが、まだ今は足下をかためる時期だと思っている。情報の共有によって生産性を高めて、それから未来を考える場をつくっていきたい」、と。本当にそれでいいのだろうか?まず生産性を高める、などということが本当に可能なのだろうか?

とにかく多くの企業が、生産性を高めることに躍起だ。景気が悪くなり、経営のトップライン(売上)が伸びなくなってくると、経費削減、コスト削減、生産性向上、の大合唱となる。イノベーティブな思考は、「これを乗り切ってから」ということになる。

しかし、真に生産性を高めるためには、そもそもやらなくてもいいことをやらない、ということが一番大事なのではないだろうか。部分最適で、場当たり的な改善だけでは生産性向上にも限界がある。今の組織には、問題の本質を考えるための、創造性が圧倒的に欠如している。

「生産性課題」は、効率性追求の限界に気づかないことに根っこがある。これは本質思考、創造性の欠如から生まれる。このようなマネジメントの下では、社員が考えなくなり、受身の姿勢が蔓延する。手段の目的化が進み、意味を考えずに改善施策を重ねる。生産性が見えない、上がらないと悩みながら、間違った努力を続ける。組織は疲れ、社員は将来に希望を持てなくなる。

こんな状態に陥っていながら、「生産性の問題をこなしてから、そのあと将来のための創造性に取り組む」などと言っていて大丈夫なのだろうか?

視点をもう少し高くしてみると、短期志向の経営管理は、未来への準備をことごとく後回しにしていることになる。長期的な組織改革、人材育成、市場創造にまったく手が回らない。一部の部門に任せるだけで、会社全体の資源や焦点を当てて取り組む企業は、ほとんどない。

新しいビジネスが生み出せない、顧客満足を根本から高められない、社員の活力が低下している、と言われながらも、この10年、ずっと解決されずにきている。これを「創造性課題」と呼ぶならば、これらのことはすべて、生産性至上症候群(とにかく目先の改善に躍起になる病気)の生む当然の結果である。

問題を単純化して解こうとするので、社内外の叡智を結集することなく、ローカルに、スピード重視で、とりあえずの意思決定をしてしまう。しかし多くの企業で、生産性向上と創造性向上の取り組みは、切り離されてバラバラになってしまっている。その結果、イノベーションのスピードが高まらないのだ。きわめて残念だ、創造性を発揮すれば、もっと根本的に創造性を上げられるのに。

では、問いかけてみよう。「生産性と創造性の課題は、同時に取り組めないのだろうか?」

生産性課題と創造性課題は、どちらも「部分最適問題」だと言っても、言い過ぎではない。部分最適では生産性は高まらない、部分最適では創造性は発揮できない。矛盾に立ち向かい、本質を解き明かそうとしなければ、生産性も創造性も高まらないのだ。

部分最適を超えて、生産性と創造性を同時に高めるための鍵は、「問題の本質を捉える力」があるかどうか、「最適な人を集めて対話する力」を持っているかどうか、そして何より大切なことは、「一貫した思想をもって継続的に取り組む力」があるかどうかである。その結果、組織の壁を超えて、複雑な問題を解決できるようになる。全体の生産性を上げることができる。新しいイノベーションが生まれやすくなる。

そう、生産性と創造性を分けて考えない。それが何より大事なのだ。
このことが、組織を活性化し、社員の毎日をいきいきとしたものに変えていく。

会社の発想の根っこを作る、経営トップや経営企画部が発想を変えて、「生産性と創造性を共進化させよう」、「問題を単純化して分業するのではなく、複雑な問題を組織を超えて解けるようにしよう」と考えることが、すべての始まりである。経営の企画をするということは、社員や社会の将来に対して責任を持つことなのだ。

The World is Spiky 「スパイキーになる世界」

今年の秋にKDIのベンチマーキングプログラムでヨーロッパに行ったとき、ドイツの識者たちが盛んに言っていたことが、"The World is Spiky"だ。トーマス・フリードマンの「フラット化する世界」へのアンチテーゼとして、「クリエイティブクラス」で有名なリチャード・フロリダが出した概念。フロリダは、一部の都市への創造的人材が集中することで、スパイキー、つまり釘だらけのような世界になると主張する。

このグローバル化に対する見方についても議論は尽きないと思うが、ここでは二人の議論を、「アベレージ」な世界から、「フラット化」し、さらに「スパイキー化」していくという汎用的なモデルとして捉えてみたい。そうすると、このモデルを通して、他の様々な問題の本質が見えてくるように思える。

まず、この「アベレージからフラット化し、さらにスパイキー化」モデルが同じように顕在化しているのが、組織形態である。アベレージは、階層型の組織。それが近年フラット化し、中間管理職が減って、横断プロジェクトが増えた。あたかもどの組織からも専門家が自由に出入りし、全体最適な組織運営が行われているかのようだ。しかし、現状はまったく異なる。組織の壁はものすごく高く、「フラット化する世界」になぞらえて言えば、関税障壁のようなものを各部門が張り巡らせ、ローカルな世界を築こう、築こうとしている。そこでリチャード・フロリダよろしく、企業内の組織も「フラット化」などしていない、「スパイキー化」しているのだ、ということになる。世界の創造的都市にあたるのが、組織のプロデューサである。階層型組織の力が下がり、一方で組織横断の力も弱ければ、こういったときに力を発揮するのが、組織を超えて個人をネットワークし、やる気にさせて、大きなイベントを起こすプロデューサタイプだ。

映画界で言えばもっと顕著で、プロデューサや監督にすべての力が集中している。しかしそれは、組織長のような権限ではなく、企画力、調整力、そして動機付ける力、ベクトルを揃える力、そして細部にこだわり、誰もが満足する結果を出す力。こういった知力と人間力を持つ人のところに、つまり実質的なプロデューサ人材に、すべての資源が一極集中する。スパイキーな世界なのだ。

参考までに、フラット化する世界。

そして、リチャード・フロリダのクリエイティブクラス。


経営の常識をひっくり返す必要性あり

プレジデントの中嶋さんに、カヤックという会社の新しい本を紹介していただいた。以前、鈴木さんの勉強会で、柳澤さんとはお会いしたことがあり、その時から半数の社員がハワイに1ヶ月間滞在する制度とか、破天荒な経営を実践していて、びっくりしたことを思い出した。

この本の面白いところは、経営の基本を愚直に語っているところだ。経営理念の大切さや、CSRは経営そのものだ、等々、まるで小林陽太郎のようだ。正直、普通の会社と比べると破天荒なことをやっている会社なのだが、逆にすごいまともなのではないか?と考えさせられる。

そこで考えなければいけないのが、今の大企業が間違った経営をしているだけじゃないのか?ということだ。社会が大きく変化する中で、企業経営は、常識から大きくズレ始めているのではないだろうか。二酸化炭素排出は減らすと約束しながら、その一方で右肩上がりの経営計画を株主に約束する。こういった事業計画上の矛盾は、組織の管理手法をも破綻させてしまった。市場が縮み、組織の効率化を進める中で、人事的なポストは縮小の一途である。出世を動機付けにすることが現実的ではなくなった今、企業は社員にどのような将来像を示していくのだろうか。

これまでの組織管理の基本的な考え方は、大目標を組織で分担し、個々人の目標までブレークダウンして、しっかりと管理することであった。また組織全体の抱える問題を細かく分割し、各部署で解決可能な単純な問題に切り分けて処理することであった。このような機能分化を進めることで、効率を最大限に高め、同時に安定的な品質を確保することができていた。

しかし、このような問題を切り分ける人と、単純化された問題を解く人を分けるやり方、つまり考える人と実行する人の分離は、価値を生まなくなってきている。つまり、現場を知らない企画部門と、タコツボに陥った各現場部門を大量に生み出す結果となったのだ。

長くなってしまったが、これとまったく逆の経営手法が、カヤックのそれだ。現代の経営管理手法とは真逆の組織運営だが、実は今の大企業の抱える問題の処方箋にあふれている

経営の常識をひっくり返す必要があるのだろうか。本気で考える時期に来ている。

2008年12月13日 (土)

紺野登さんとの対話

「サラサラの組織」が出版された日、紺野さんが打合せでKDIスタジオに訪れた。

「いよいよ出ましたね、おめでとうございます」。共著ではあるが、いつも本を出し慣れている紺野さんからすれば、最初の出版であるKDIに、おめでとうと言うのもおかしくはない。「広く読んでもらえるといいんですがねー。本が売れるかどうかは、本当にわからないですから」

「出版社は、どう新刊をプロモーションするんでしょうか?」私は紺野さんに何の気なしに尋ねた。「富士ゼロックスの本社下の書店、9社の変革リーダーのケースを取り上げているわけだから、それぞれの本社の近くの書店とかに積極的に売り込むのでしょうか」

「そんなこと、ぜったいしませんよ」。紺野さんは断言した。「本屋さんを回って、説明したらどうでしょうか。野中先生とかが本屋さんに行ってポップ配るわけにはいかないhappy01けど、皆さんならやってみてもいいかも」

こんな会話の前後にKDIのメンバーがポップを持っていくつか回ってみると、好感触!

Vaio

私も一つ、ポップを作ってみました。書店さんが使ってくれるといいんですが。
反応は、また報告します。

2008年12月11日 (木)

「サラサラの組織」はどうやって生まれたか?

ダイヤモンド社から出る『Kei』という書籍紹介誌に、「著者が語る」というコーナーがあり、そこで「サラサラの組織」を紹介しました。そこでも少し触れたのですが、本書の第1章の「沙羅ちゃんの物語」に出てくるキャラクター、第2章の「組織のドロドロレポート」に登場する人たち、すべてが実在の人物をモデルにしています。

第3章で、9つの企業から変革リーダーに登場していただき、彼ら彼女らの「個と組織のケーススタディ」を語ってもらっているのですが、ここに出てきている人も何人かは、第1章の登場人物のモデルになっています。彼ら彼女らの上司も、きちんと登場しています。ぜひ、そのリアリティを楽しんでいただければと思います。

もう一つの側面は、それぞれの場面も、私たちコンサルティングやリサーチで深く入っている企業で、実際に目にしたシーンからできているということです。

つまり、現場、現実、現人物(ゲンブツではなく)、それによって成り立っているのが、この「サラサラ・・・」なのです。ですから、組織革新に関心がない人にとっても、「日本企業のエスノグラフィー(民族誌学/文化人類学)」として、ばっちり面白いと思います。

なぜ、物語仕立てなのか?という疑問に対しては、理論的な説明と、いい加減な説明の二つがあります。前者の理由は、野中先生と紺野さんがハーバードビジネスレビュー誌に出した、「戦略への物語アプローチ」の考え方に基づいているということです。人が心を動かすときは、歴史や物語が共有されたときです。私たちも、読者の皆さんと物語を共有しようというねらいがありました。もう一つの理由、後者は、「野村さん、9つのケースは個別具体なので、ノウハウを一貫してみせるためのフィクションの物語とか書けます?」という編集者の冗談から始まりました。挙げ句の果てには、「マンガなんて、書けたりしませんよね?」という冗談も、実現してしまいました。

まさに、インプロみたいな編集会議でした、いつも。楽しくてしょうがない、そんなコラボレーションが忘れられません。楽しんで書いただけ、読む人にも楽しんでもらえるのではないかと、心から願っています。

2008年12月10日 (水)

「インプロ」(即興劇)と「創造性」、そして「対話」

「インプロ」と創造性について考えるワークショップに出た。

高尾さんがインプロの講義をしながら、自分たちで実演するという流れだ。高尾さんのトーク、哲学、指導方法、すべてが素晴らしい。感激した。

さらに、コーディネータの鈴木さんの知恵で、インプロの実演を体験した直後に、参加者全員でワールドカフェをやった。すごく刺激的だった!
テーマは、
「創造性って何だろうか?それを高めるには、どうすればよいのだろうか?」
ということ。

そこで得た気づきはたいへん貴重だった。
具体的には、
・インプロは、「失敗することは得だ」という安心感をつくる
・インプロは、「失敗したときに大きく変わる(ずっこけるとか)ことで、客にウケる」ということを心に留めることで、失敗を隠さない心構えをつくる
・こういった心持ちでいれば、人間はもともとクリエイティブなのだ
ということを学んだと思う。

このことは、その後の自分の振る舞いに、思いのほか大きな影響を与えている。残念なのは、他人が失敗をごまかそうとしたときに、「そこで大きく変わらないとお客さんに嫌われるぞ」とか言っても、相手は、「はぁ?」という感じだということだ。うぅん、もったいない。

この集まりは、その次に「対話」の重要性に進んだ。私自身はこの日に残念ながら出席できなかったのだが、先に紹介した「フューチャーセンター」は、この「複雑な問題を解くための場」であり、そのための対話の方法論や、人的ネットワークのマネジメントをするための機能であると考えている。もっともっと、掘り下げたいテーマだ。

ラジオデイズに出演します

先日、ラジオの収録というものに初挑戦した。「ラジオの街で逢いましょう」という、ラジオ関西で毎週火曜日夜12時半から1時まで放送されているトーク番組だ。

なんと、トークのテーマが、「イノベーション」。こんな話題を30分の深夜ラジオで、楽しく話せるのか?と不安であった。

ところが、親しくさせていただいている菊地史彦さんのリードもあり、思いのほか楽しくトークできた。菊地さんとは、GLOCOMで、「イノベーション行動科学」プロジェクトで、一緒に研究をさせていただいている。

・イノベーションとは?
・イノベーションが起きない構造的な原因は何か?
・イノベーションを起こすには、私たちの行動はどう変わればいいか?
・イノベーションに取り組むことは、こんなに楽しい!

といった流れを即興で生み出すことができたのは、驚きであった。

放送は、ラジオ関西 12月23日火曜日の深夜、12時半から1時間だ。もしラジオ関西が入る地域の方は、ぜひ聞いてみてください。
そのあと1週間くらいしたら、ラジオデイズのWebページ上でも放送される予定。関西以外の地域の人は、こちらを聞いて、ぜひコメントをください。

本当に「日本を変えよう!」

勝間和代さんの「起きていることはすべて正しい」が売れているということで、とてもうれしい。実は、このブログのタイトル、勝間さんの「日本を変えよう!」の本に賛同して付けた。

私自身は、「知識経営」という、わけのわからないテーマでコンサルティングを行う事業を立ち上げ、野中郁次郎教授・紺野登教授と一緒に、本質追究と実践を続けてきた。そして、一人ひとりの社員のもつ可能性を引き出し、継続的にイノベーションを起こしていける経営づくりを志向し、これまでに日本の大企業60社以上の先進企業コミュニティを作った。
その毎日の中で感じることが、「目標を分割して、分業でたこつぼで働く組織は、日本をだめにする」という強烈な感覚だ。一人ひとりの意識が変わる、同時にミドルや経営者も意識を変えて、「社会と市場の不確実性を前提とした、現場の知識創造の場を中心に据えた、あたらしい経営スタイル」を志向していく必要がある。経営者の方々と会っていても、現場の変革リーダーと話していても、日々、その意を強くしている。

日本を変えなければいけない。でも、本当に100%の社員が、本気でこのことに向きあう準備ができているわけではない。そういう中、勝間さんが、推薦100冊紹介の文中で、「私と同じ100冊を読むのではない」と明確に言い切っていることに、強い感銘を受けた。それが「本当に自分自身で考えて、自分らしさ、人真似でない何かを成し遂げる気概を持ってほしい」という想いだと、ある編集者の人と話している時に、確認することができた。

この、「起きていることはすべて正しい」は、たんなるハウツー本ではない。勝間さんの中ではトップセラーではなかった「日本を変えよう!」。この高い志に十分ついてこれなかった勝間サポーターの皆さんが、本書をサポートしてくれたということが、私には、まだまだ、日本は変えられるぞ!という期待を感じさせてくれる。

「サラサラの組織」、いよいよ明日発売!

「サラサラの組織」の早刷が届きました!

Cover

表紙は、構想に近い形で、帯の手触りもさらさらした感じに仕上がって、満足です。サラサラは血液なのか、麻なのか、それともペンのサラサラなのか、といった多義的な意味で使われておりますが、もちろん最初のきっかけは「ドロドロ、サラサラ」の対比です。

Comic

マンガの仕上がりも、いいですね。野中先生(監修)と紺野先生(共著)の本の中でも、かなり柔らかい部類に属するのではないでしょうか。

私は、恥ずかしながら「物語」を書いております。そのエッセンスである「七つの知恵」をKDIのWebページにアップしましたので、そちらもあわせてチェックお願いします。

物語り(ストーリーテリング)、組織のドロドロレポート、K-Community企業9社の「個と組織の関係性」のケーススタディ、そして野中先生×小林陽太郎対談と、盛りだくさんの内容に、紺野登さんが各章にMBA的解説を入れてくれています。とにかく、充実の内容ですので、ぜひ手に取っていただければと思います。pencil

2008年12月 7日 (日)

「フューチャーセンター」を日本で普及させる

先月行われた、経産省主催の「インテレクチャルカフェ」イベントがあった。そこで最大のテーマとなったのが、ここでご紹介したい「フューチャーセンター」という考え方だ。

この日は私も、「クリエイティブオフィス」のパネルディスカッションに登壇した。KDIのコミュニティ企業で、ずいぶんと親しくさせていただいている、博報堂、日産の変革リーダーのお二人、そしてKDIの創設者の木川田さん(現大阪大学教授)と一緒に登壇する、という幸運をいただいた。私もパネラーの一人として、どのように創造的な環境を構築すればよいのか、創造性をマネジメントすることはできるのか?といったことについての議論を楽しんだ。

フューチャーセンターの話に戻ろう。この概念は、KDIともお付き合いの長い紺野登さんが先導して日本に紹介している。紺野さんのフューチャーセンターの記事はこちら

フューチャーセンターは、「未来を考えるための場」とも、「未来志向で複雑な問題を解くための場」とも言われる。つまり、単純な経済原理だけでは解決できない問題を、一回のワークショップで、あるいはその積み重ねで、新しいビジョンを描いたり、新たな視野を得ることによって解決しようという場だ。

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富士ゼロックスKDIは、昨年、六本木一丁目泉ガーデンタワーに日本初のフューチャーセンターを創設し、様々な企業の経営課題、イノベーション課題に対して、創造的なワークショップの実践を続けてきた。様々なセッティングが可能で、空間とツールを最大活用した、場のファシリテーションを特徴としている。

話すと長くなるのだが、フューチャーセンターの最大の意味は、「毎日の仕事が未来につながる」ということを全社員が意識するようになることだ。

KDIでは、この設計原理を構築中だが、夢は、あらゆる企業のあらゆる本社機能が、経営管理から未来創造に革新することである。その日は、思っているよりも、すぐにやってくるに違いない。ぜひ「フューチャーセンター」の動きを、注目して見ていてほしい。

2008年12月 6日 (土)

漫画で見る「ナレッジマネジメントの本質!」

ナレッジマネジメント、知識経営、知識創造企業、あるいはイノベーション。

興味のある人は少なくないと思いますが、いかんせん、小難しそうな響きのある言葉ばかりですね。

先に紹介した「サラサラの組織」(ダイヤモンド社)のために、「わかりやすく、知識共有・知識創造の重要性を伝えよう」という漫画を書きました。4つありますので、ご紹介したいと思います。

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実はこの漫画、「サラサラの組織」では、イラストレータの鹿野理恵子さんにお願いして、絵をすばらしいアメリカンコミック風にしてもらっています。ですから、この私の直筆が見れるのは、ここだけ!

一つ目の漫画は、ダブルバインド。期初には、挑戦しろ、創造的な仕事をしろ、と言ってくれる上司も、気がつくと「昨日のやつはできたか?急いでくれよ!」と目先の仕事で縛り付けようとします。

二つ目は、最近増えた、かっこいいオフィス。本物のカフェと見間違うほどの立派なコミュニケーションゾーンを作ったり、いろいろな工夫をしている企業が増えました。でも、文化が変わらないとね・・・という漫画です。うまくいっている企業もたくさんありますので、ご心配なく。

三つ目は、「人の仕事を手伝う輪が、企業の生産性を高める」という、非常に意味の深い漫画です。じっくりお楽しみください。

最後は、企業は公器である、という最近は当たり前に言われるようになった話です。現実の自分の仕事とつながらないと、どうしようもないんですけどね、というエピソード。お楽しみください。

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日本の知識創造企業はどこか?

日本ナレッジマネジメント学会で、今年から「ベンチマーキング部会」なるものを立ち上げました。

部会の活動としては、知識創造経営へのトランスフォーメーション(組織変容)に挑戦する、4つの成功事例を取り上げ、実際に訪問調査を行い、定性的な分析を行っています。今年度は4ケースを実施しましたが、その成果は国際会議TKF(The Knowledge Forum)で発表したり、書籍(「型」と「場」のマネジメント)になったりと、なかなかのものになりました。

ぜひ、訪問レポートがKM学会ホームページに出ていますので、ご覧になってください。

事例(1) -> レポートはこちら
富士ゼロックス KDI (Knowledge Dynamics Initiative) (東京都港区)
オープンイノベーション(1): 顧客コミュニティとの共創関係

事例(2) -> レポートはこちら
日産自動車 先進技術開発センター (神奈川県厚木市)
オープンイノベーション(2): 人間力の場、サプライヤーとの共創知

事例(3) -> レポートはこちら
富士フイルム 先進研究所 (神奈川県開成町)
オープンイノベーション(3): 「融知創新」のための場と仕掛け、技術知の見える化

事例(4) -> レポートはまだ、これからです
日立ハイテクノロジーズ 那珂事業所 (茨城県ひたちなか市)
オープンイノベーション(4):知識創造(SECI)の場の経営の実現

これら四つの事例は、日本の製造業の強みである「困難な課題を乗り越えるための組織的な知識創造」をそれぞれの組織目標に合った形で、フレッシュに再構築していたと言えるでしょう!

ドイツのナレッジマネジメント論文誌に載りました

いよいよ、ドイツ・デビュー!

ドイツ版のナレッジマネジメント論文誌に、なんと論文が、ドイツ語で掲載されました!!

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昨年のPICMET国際会議で発表した、「社会基点のイノベーション・プロセス」および「その組織能力を高めるイノベーション・ブローカー」に関する研究を、上智大学のパリッサ教授のお手伝いをいただき、連名でドイツ語論文にしました。

自分の論文が、何が書いてあるかわからないっていうのは、なかなか面白いことですよねー。ドイツ語は、こんな感じです。
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ドイツ人の知り合いがいましたら、ご紹介ください。

「コミュニティ・オブ・プラクティス」もお忘れなく

「コミュニティ・オブ・プラクティス」は、2002年に翻訳・監修した本ですが、今こそぜひ読んで頂きたい本です。

当時は、「ナレッジマネジメントは、collecting dataではなく、connecting peopleだ!」という観点で注目されたコミュニティですが、社内SNS (Social Networking Service)などが活発化してきた今こそ、もう一度「経営の中で自発的な人のつながりをどういう価値としてとらえるか」を考えて頂きたい。

アマゾンでは、こちらです。

よく勘違いされがちなことなのですが、コミュニティの価値はアウトプットを出すことではありません。コミュニティは、存在することに意義があります。組織内外のどこにどんな知識があるかを皆が知り、必要な時に必要な知識へのアクセシビリティが高まる。それが、イノベーションのスピードに大きく影響を与えるのです。

今こそ、読んでみてください。pen

プレジデント誌 「職場の心理学」

「イノベーション行動科学」というプロジェクトを、国際大学のグローバルコミュニケーションセンター、通称GLOCOMで、昨年から立ち上げています。

その考え方を紹介したものが、プレジデントの「職場の心理学」の記事です。

イノベーションが起きないのは、技術や戦略の問題ではなく、一人ひとりの行動なのだ、ということをわかりやすく書いているつもりです。

ぜひ、ご覧になってください。eyeglass

“「型」と「場」のマネジメント”という本が出ました

“「型」と「場」のマネジメント”は、日本ナレッジマネジメント学会の分科会部会長の共同執筆本です。

アマゾンでは、こちらです。

私は、KM学会のベンチマーキング部会長を務めておりますが、その報告として、5章を執筆しました。

本章では、富士ゼロックスKDI自身にくわえ、これまでKDIの支援を受けながら「知識創造型組織」への組織変容を実践してきた、日産と富士フイルムの研究開発部門を紹介します。

どの事例も、「日本の知識創造企業」の代表例として、その変革のポイントを「クリエイティブ・トランスフォーメーション」という概念でまとめました。効率化だけでは立ち行かなくなった日本企業全体に対して、組織全体を創造的な状態に高めることが、経営の焦点に移ってきていることを事例を用いてわかりやすく伝えています。

ぜひご覧になってください。pen

2008年12月 5日 (金)

「サラサラの組織」を書きました

12月11日、ダイヤモンド社より、「サラサラの組織」という本が出ます。

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アマゾンでは、こちらで予約できます。

KDI (Knowledge Dynamics Initiative)という組織で、知識創造経営、イノベーション経営に関する、研究、実践、コンサルティングをしてきました。その8年間の経験をもとに書いたのが、この「サラサラ」です。

ひとつの特徴は、今までにない「個と組織の関係性のケーススタディ」になっているところです。自ら問題を提起し、仲間やスポンサーを集め、会社の改革プロジェクトを立ち上げてきた「ナレッジリーダー」の想いと志の伝わる本にしたい、と考えました。

もう一つの特徴は、個別のケースを超えて、読者の企業での実践のために、有用な具体的ノウハウを「物語」として伝えることでした。そのために、沙羅(さら)ちゃんという架空のキャラクターを生み出し、物語仕立てで、組織のサラサラ化の知恵を伝えることにしました。補助的に作った4コマ漫画やイラストにも、8年間のコンサルティングの叡智をつぎ込みました。

七つの知恵は、沙羅ちゃんが組織変革に取り組む毎日の中で出会う、社外の魅力的なエキスパートたちから自然に学んでいきます。英国から来たナレッジマネジメントの実践者、電子機器メーカーの改革者、ワークプレイス・コンサルタントたちからもらった言葉を大事に、沙羅ちゃんの小さなチャレンジは続く。小さな一歩は、周囲の協力を引き出し、小さな成功が新たな機会を生み、チャレンジの波は組織の中を伝播していきます。

ぜひ手にとって、あなたの今日を変えてください。pen

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