ソーシャルイノベーションの時代を迎えた
ソーシャルイノベーションを再考する必要がある
「ソーシャルイノベーション」ほど、わかりにくい概念はない。「ソーシャル」はきわめて多義性のある言葉であり、さらに「イノベーション」の定義は、絶望的なほど、人によって理解がばらばらになる。これらを組み合わせた言葉だけに、どうしようもない。しかし、今の時代の日本にとって、「ソーシャルイノベーションほど重要な概念もない」ということをここでは強調したい。
この冬、ソーシャルイノベーションの最先端を探るために、私たちは英国に渡った。この日英のソーシャルイノベーションの橋渡し役は、ブリティッシュカウンシル。英国側のパートナーは、CSR(企業の社会的責任)の基礎となる「トリプル・ボトムライン」の提唱者、ジョン・エルキントンの創設したVolans(ヴォランズ)である。
このソーシャルイノベーションをとりまく国際交流は2012年1月に始まったものだが、2012年12月の第2回の国際交流では、社会全体がビジネスを包含して、とてつもない速さで「ソーシャルイノベーションの時代」に突入しているという、大きな時代の潮流を感じるものとなった。この流れは、あらゆるセクターを巻き込んで進んで行くであろう。
ソーシャルイノベーションの一般的な定義は、一言で言ってしまえば、「社会問題の解決のためのイノベーション」である。
“A novel solution to a social (or environmental) problem that is more effective, efficient, sustainable, or just than existing solutions, and for which the value created accrues primarily to society as a whole rather than private individuals.”
“Rediscovering social innovation”, Stanford Social Innovation Review, Fall 2008
しかし、今回の国際交流で明らかになったことは、この「社会問題の解決」に焦点を当てた定義が、私たちの目を曇らせてしまっていたのではないか、ということである。
日本企業で、「ソーシャルイノベーションへの挑戦」を持ち出すと、「ビジネスドメインではないイノベーションになぜ企業が取り組むのか」という疑問に答えなければならなかった。つまり、「ソーシャルイノベーションは政府やNPOの仕事」と捉えた議論になっていたのである。
そこに新たな切り口を与えたのが、マイケル・ポーター教授のCSV(Creating Shared Value)ではあるが、今回の国際交流で、ジョン・エルキントン博士は「マイケル・ポーターのCSVをゴールとする考え方は危険」と懸念を示した。企業と他セクターとの間で、部分最適のWin-Win関係を作り上げることが重要と、そこだけを強調してしまうことが、本質的なソーシャルイノベーションの時代を見誤らせてしまう可能性があるからだ。
ソーシャルイノベーションは、社会システム変革
結論から言えば、「ソーシャルイノベーションは、社会に必要なシステム変革」である。人口構造の変化、エネルギー事情や環境変動、技術の進化、価値観の多様化などにより、現行の社会システムが制度疲労を起こしているのだ。このような社会システムを根本的に革新し、新たな社会システムへの進化を促していかなければならない。それが、ソーシャルイノベーションの目的なのである。社会システムの変化をドライブするには、新商品を出すだけではもちろん十分ではない。逆に、革新的な商品やサービスであればあるほど、そこにシステム変革が伴わなければ、市場に受け容れられないだろう。新しい商品・サービスが生まれ、そこに市場が形成され、制度や政策がそれを後押しし、最終的には人々の慣習が変わらなければ、システム変革は起きない。
ソーシャルイノベーションに専門的に取り組む研究組織、NESTA(ネスタ)のフレームワークは、その特性を見事に言い当てている。
"社会イノベーションは、システム変革。システム変革が起きるには、4つのイノベーションが同時に起きなければならない。(1)製品・プロダクトのイノベーション、(2)市場のイノベーション、(3)政策のイノベーション、(4)慣習のイノベーション"
「ソーシャルイノベーションは、社会に必要なシステム変革」と捉え直した時、企業にとって、行政にとって、NPOにとって、どのようにイノベーションに取り組めばよいのだろうか。その第一歩は、「ソーシャルイノベーションは、自分たちだけでは起こし得ないイノベーションだ」ということをまず理解することである。つまり私たちの選択オプションは二つに一つ、社会システムが変わってから急いで対応するか、他セクターに働きかけてソーシャルイノベーションを先導するかのどちらかになる。
この前提に立つと、従来のイノベーション戦略の誤りが浮かび上がる。既存のやり方で、新たな商品・サービスを生み出そうとした場合、現行の社会システムにあった改善レベルの商品・サービスしか、成功し得ないことになる。次世代に向けた商品・サービスを生み出したとしても、「市場に出すのが早すぎた」という言葉とともに消えて行く。ソーシャルイノベーションを起こして、社会システムを変革するには、企業は政策や慣習のイノベーションにもっと強い関心を持つ必要がある。
ソーシャルイノベーションへの旅
このことをもっと深く理解し、行動を起こせるレベルにまで腑に落ちるためには、私たちの旅を一緒に一つずつたどってもらう必要があるだろう。ソーシャルイノベーションへの旅は、トリプル・ボトムライン提唱者のジョン・エルキントン博士から、ビッグピクチャを学ぶところから始まる。続いてVolans(ヴォランズ)のコンサルタントから、英国でのソーシャルイノベーション基盤としての金融システムの先進事例を学ぶ。
そしてこの旅は、オックスフォード大学の高齢社会イノベーション・プロジェクトへと進む。ここでは、人口構成変化をイノベーションの機会と捉え、社会科学、ビジネス、IT、そしてデザイン思考の融合領域での研究が始まったところだ。
続いて、NESTA(ネスタ)、We Are What We Do、Participle(パーティシプル)、UnLtd(アンリミテッド)といった、ソーシャルイノベーションを専門に手がけるNPOへと旅は進む。これら非営利の団体が、ソーシャルイノベーションの最先端を走っており、新しいビジネスアイデアに溢れていることに驚かされる。
第2章は、日英合同で行われたフューチャーセッションのドキュメンタリーになる。日本からの参加者は、自動車産業、IT産業、日用品産業、教育産業など、非常にイノベーティブな文化を持つ企業から、さらにNPO中間支援団体やCSRコンサルティング企業なども含め、幅広く多様な顔ぶれであった。この旅は、各企業の変革リーダーたちにとっても、目から鱗が何枚も落ちる共体験になった。彼ら彼女らにとっては、ソーシャルイノベーション時代の新たなパラダイムに合った戦略再構築が、帰国後の急務の課題となった。一社ではソーシャルイノベーションは起こせない。そうなると、産業を超えて手を結び、行政やNPOとも連携し、大きな変化を仕掛けて行く必要がある。ソーシャルイノベーションの動きは、いま、日本の中でも始まろうとしている。
2013年、ソーシャルイノベーションの時代が、本格到来する。
UK Innovation Journey Report
ソーシャルイノベーションの時代
目次:
Foreword: ソーシャルイノベーションの時代を迎えた
Chapter 1: ソーシャルイノベーションへの旅:
- John Elkington(ジョン・エルキントン)
- Volans(ヴォランズ)
- オックスフォード大学 GOTOプロジェクト
- VitaminsDesign(ヴィタミンズ)
- NESTA(ネスタ)
- We Are What We Do (WAWWD)
- Participle(パーティシプル)
- UnLtd(アンリミテッド)
- The Innovation Space(ザ・イノベーションスペース)
- Future Session (1): ソーシャルイノベーションと企業の未来
- Future Session (2): 高齢社会のソーシャルイノベーション・シナリオ
Afterword: 高齢社会のソーシャルイノベーションを先導するために
※UK Innovation Journey Reportが、本ブログにどこまで掲載可能か、現段階では明確にできておりません。いずれにしても、ブリティッシュカウンシルFuturesプロジェクトからレポートが発行されますので、関心をお持ち頂いた方は、あわせてチェックお願いいたします。
by Takahiko Nomura